プラズマ・Plasma

言葉は多才、複雑だなと、最近実感した事があった。翻訳の仕事をしたり、主に英語の資料を分析解釈しているコンサルの仕事をしていると、辞書のごとく英語のある言葉が日本語の特定な訳語に1:1に対応するなど稀であって、文化の多様性で腹や胸の辺りをグサッと刺されるようなある種、変に高揚する気分になる。このような言語文化の課題は時間と変遷が絡む現代日本語と古文の関係にも言え、要は理解される様に分かりやすく嚙砕いて伝えることが出来ればほっと安心する。
物を意味する言葉、形容する言葉、感情表現する言葉、抽象的思考状態などを表現する言葉へと、だんだんと文化の差が広がると言葉の表現もかけ離れて、時には日本文化にはあるが欧米文化では無いとか、その逆も多々あることを経験している。
さて、最近プラズマというカタカナ英語(外来語)が気になるのである。明治時代の文人はカタカナ読みの外来語は使わず、漢字の意味を吟味・尊重し、出来るだけ漢字2文字の「好字」スタイルに表現した努力と才力には敬服する。理系の私はプラズマと聞くとplasma state、すなわち、ものを構成している原子がバラバラになり、電子や原子核が分離してしまうような高エネルギー状態を思い浮かべてしまうのである。
というのは、最近国内メーカの商品でプラズマ乳酸菌をうたっているものがあって、その名称にプラズマというカタカナ文言を使用しているので、一体どんな乳酸菌なのか、その理由・由縁が気になったのである。その商品のメーカはラクティス・プラズマというカタカナ文言を引用して、その商品説明では、プラズマ乳酸菌は免疫細胞を取り仕切る直接プラズマ・サイトイド樹状細胞に働くとあり、プラズマ・サイトイド樹状細胞は元の英語表記は調べるとplasmacytoid dendric cell となっている。樹状細胞がdendric cellであり、plasma-cytoidをやっつければ私の気は少しは澄むだろう。医薬系の資料では 共起表現・形質細胞様の樹状細胞という専門用語が使われている。私に混乱の状態へもたらしたプラズマはプラズマ・サイトイドからきており、共起表現・形質細胞様という訳の分からない漢字で表記したものが原因であった。
しかしこれで終わりでない。訳の分からない漢字の羅列の正体を突き止めないと、私もすっきりと出来ないし、お付き合いして読んで頂いている方にも合点してすっきりとしてもらいたいのである。そもそも、英語のプラズマという文言が年代的には
1712年、ラテン語・ギリシャ語の型で作られたとか、薄く広げたという意味のplasmaを語源として形状、 かたちを示すものとされた。
1845年、血液の液状の部分、遊離細胞の血球やリンパ球などを示すとされ(生化学領域)、
1928年に物理の世界でイオン化したガスを意味するものとなったと詳しい英語の辞書に書かれて いたのである。
私は1953年生まれ、1700年代や1800年代の古い生化学の事などの知識もなく、最近の物理のプラズマ状態という極めて限られた世界の事のみを信じ、それが普遍的な事だと変な理解をしていた為にこんな顛末になってしまった。プラズマとは、血液の赤血球を除いたもはや赤色をしていない黄色味を帯びた一見一様に見える液体を当時の光学顕微鏡で見たところ、沢山密集した小さなつぶ状の物であり、人の健康や病気に関わっているという大発見をして、そういった微細な形状の密集体を意味したものなのだと納得できた。
最近、もっと悩ますnon-cognitive skill を非認知能力と和訳している分野があり、これは認知能力が低下した高齢者の認知症の事ではなく、これをノン・コグニティブ・スキルとカタカナ表記して済ませる事も出来ない。年明けの近いうちに、また呟いてみたい。

令和3年11月2日記す

遠隔教育なんて昔からあったが

コロナ禍で世界中で遠隔(リモート)、オンライン教育(OL)、e-learning(以降EL)が導入されてきて、中等教育から大学を含む高等教育まで対象となり、大学生などは1年遅れで入学式に出て、初めて同級生と会った事が話題になるくらいである。しかし、わが身を振り返っても(50年前)ラジオ講座で第3外国語のフランス語を勉強したこと、受験勉強でアルファベットの最後の文字を使った〇会の郵便・紙ベースの教材・特に数学などの添削も立派な遠隔教育であった。インターネットの恩恵を受け、2013-2014年頃に今考えると初期のELのプラットフォーム導入を知り合いと検討していた時期にアップしたマイブログ記事を読み直す機会があった。

題 成人教育向けELの鍵(こつ) 2013/12/29:
これまで、K-12の義務教育やedXの様な大学高等教育にELを上手く活用し、教育機会を提供したり、高額な大学の月謝などの費用を軽減できる一つとして、議論されてきた。今回、Kirsty Chadwickさんは生涯教育というより、企業社員教育としてのELの役割について幾つか言及している。プログラムやツール・プラットフォームの出来やデザインではなく、教育を受ける大人の気構え、意識と言ったところでしょうか。モチベーションを第1番に指摘し、スキルを身に付けさせるというのではなく、会社は君、社員を必要としている、会社は社員に係っているのだという事を如何に説明するかだという。第2番には、研修を受けなさいという指示ではなく、知識や経験に優れた大人は、ある分野での知識や専門性を前もって評価して、もしギャップがあるならば、それを埋めようという経験を尊重することだという。第3には自分で方向性を見出させる事、第4には受け身的に講義を受けるのではなく、相互的に(Interactive)教育プロセスに参加しているのだという十分な満足感を得る雰囲気作りがポイントだという。

題 ハーバードが同窓生、卒業生向けEL 2014/02/15:
ハーバード大が現役の学生でなく、卒業生・同窓生向けにEL のコースを3月から提供するという。
名称はHarvardX for Alumni だそうだ。ハーバードを卒業した立派な大人に、何が不足でどんなELのコースを提供するのだろうかと少し案じたが、このコースは卒業生専用でフルコースではないようで、教授と再交流出来る意味合いが強く、それ以上に同窓生の絆を強め、卒業生の資産を高める所にこの新しい取り組みの価値を見出したい意図があるそうだ。

題 意外なオンラインEL受講者像  2014/02/23:
知っておいたら今年2014年はワクワクするかも。
①平均年齢が34歳、②82%が大卒以下の学歴、③81%が社会人として仕事についている、④世界のFortune500社に入る企業の40%以上が研修ツールとして採用している、⑤オンライン教育を採用している企業は50%以上の生産性を向上させる可能性を秘めている、⑥その様な企業が研修に費やしている経費1ドル毎に30ドルに値する生産性を生みだしている、⑦人事管理者への調査では離職者の最大の理由として研修が不充分であるとしているのは12%、⑧社員へ最良のELとOJTを提供している企業は社員1人当り26%以上の売上増を生みだしている、⑨2011年には世界でELの自主学習に3兆5000億円が投入されたが、現在では5兆5000億円、さらに2015年には2倍になる、⑩企業の72%がELは業界での変革に対応出来るように最新な状態に居られるように助かっているし、ニッチな市場で優位性を維持できると述べている、⑪教育・研修志向文化を持つ企業はそうでない企業よりも市場で優れている、⑫内訳として34%以上の企業で顧客のニーズにもっと対応したい、⑬46%以上は業界でリーダ役を果したい、⑭17%以上が市場のトップシェアを獲得したいと考えている。

題 卒業生向けHarvardXの続報  2014/02/26:
2014年3月22日から、ハーバード大の卒業生向けELコースで7つの講座が準備されスタートするそうだ。それら7つの講座はどのような過程で選抜されたのか分らないが、米国人としての関心の高まりなのか、どの国、文化圏に居住している人達にも興味ありそうな内容である。
 アメリカの詩歌
 古代ギリシャの英雄
 コンピュータサイエンス
 中国の歴史
 神経科学
 アイシュタインによる革命
 有形資産(これは直訳、歴史的遺物・貴重品)など
2週間毎のコース、又はハーバードクラブか別の場所に集合して行う。サンプル講座はedXプラットフォームに出ているという。

以上は7年位前の古き時代の話ではなく、今でも初期のわくわく感が満ちている。手法的には教師なし反転教育の追及、単に大教室での教授の講義をビデオにしたままのものは効果的でなく、私の企業教育での実体験ではロールプレー方式で自らが相手に分かってもらおうとするプレゼンテーションを行う事や、結論結果を先に示し補足と説明を加える簡単なやり方、文字は少なく画像、映像をうまく利用すると非常に効果的で90%の有効性があり、単に資料を読んだり見たりしただけでは10%しか理解されないそうだ。その差は歴然としている。

垣間見るデジタルマーケティング

 五月二日の深夜番組、英語のブラシュアップの為に観ている米国CNBCの番組で最新のIT技術を適応させたデジタルマーケティング(DM)について議論していた。簡単にいうとDMを上手く適応させて消費者に特定商品をもっと使ってもらおうと策を練っている企業の責任者と、ネット通販で色々な商品を購入経験のある消費者を代弁している方、あとは番組のコーディネーター役の方が登壇している。
 米国の有名企業のDM信奉者と消費者を代弁しているようの見える通販経験者との話が嚙み合わない。どこが嚙み合わないのか、DM信奉者はインターネット、モバイル機器、アプリの技術論のみにフォーカスしている。広告の始めの10秒プラス幾らかの時間は視聴率のカウントをしないでほぼ全部をみてくれた広告の後の方の時間で視聴率をカウントするとか、消費者の通販購入履歴データや未購入品をネット検索したデータを基にネット視聴中の画面に広告を入れ込む細工をするとか、消費者が持ち歩いているスマフォが有名コヒー店の前を通り過ぎようとすると、コーヒー如何ですかみたいな瞬時広告をするとかの話しを早口の英語で喋り捲し立てている。消費者を代弁しているネット通販経験者は、どちらかというとDMの恩恵は受けているとは思うのだが、感情論が中心で、本当に視聴率なんか正しいのか、皆さんも経験あると思うが、インターネットの画面に固定的で広い面積に、もう買ってしまったので購入しない商品の宣伝広告が表示され、本当に見たい、検索したい事のスペースが狭くなってしまうことへの不満、さらに私は○○の商品はネットで調べるだけで購入は店舗だ、みたいなことを言い合っている。
  昨年からのコロナ禍でリモートワーク、オンライン学習・会議、ひいてはライフスタイルを変革しようと世界中で叫ばれ、実行され始め、業績を実際に伸ばし、利益を確保出来ている企業は所謂、ネット通販を含むインターネットサービス提供企業とネットワーク機器とデータセンター・クラウドインフラ投資をしている企業で、殆どが欧米系の企業である。
 ちょうどこのCNBCの番組の前日の五月一日に私が経験したことは、知らずのうちにDMの事業戦略に取り込まれているというか、言葉は悪いがDMの”餌食”になってしまうのかと思わせるくらいのものだった。
 家庭で印刷できる名刺や各種分類表示出来るカード、接着剤付きラベルなどを販売しているA社という企業がウェブ上で無料公開している印刷ソフトサービスを久しぶりに利用しようとした。ユーザが名刺を作成したい時、A4サイズで十枚名刺をプリントできる用紙を先ず購入する。そして、インターネットのサイトを検索して、提供されているソフトのページを探す。そこに行くと自分のパソコンにダウンロードしますか? クラウド上で利用しますか?と問われ、今windows10版が利用できますと諭され、私はクラウドの方を選択した。あとは以前利用したことがあるので、縦横書きの文字選択や写真を含む図形作成やダウンロードで対応して行こうと思っていた。

  これも元々DMの一環
  自分のアカウントを登録でき、ログイン可能だが私は未登録で利用

久しぶりに使おうとして遭遇したこと
  以前あった用紙選択の機能がない  
  手元の購入した用紙に記載の5桁の番号を入力する方式へ
  私は他社のA4版で一般的でない十二枚ラベル印刷できる用紙を用意していた
  類似の十二枚用のA社の用紙番号を前もってネットで調べる必要があった
  日本語用文字フォントが少ないことに気が付いた
  親会社が米系外資企業

ソフトの使い勝手
  以前とほぼ同様、作成ファイルの保存が以前はアプリの名称フォルダー自動生成されたが、
  新サービスアプリではwindows10のダウンロードフォルダーへクラウドから落ちる

 DMと広告費用だが、以前コンサルの仕事で調査したとき、世界一の多国籍インタ―ネットサービス企業が得る広告収入は日本国内の企業が出費する広告費用とほぼ同じ金額であった。ユーザがあるサイトへ動画を提供し、多くの視聴者が「いいね」みたいな好意・賛同を示すと多くの視聴者の心を動かした影響力のある動画を提供したユーザはある規模のリターン・収益を、そのサイト運営者から得る仕組みが出来ている。短絡的にはサイト運営者に広告料を支払った企業が負担するのである。しかし、広告は商品を沢山消費者に購入してもらうための具であり、結局は消費者が負担しているのだ。

物の認知とCloaking

これまで私の独り言で無や空について仏教関連や数学的に素人なりに呟いた。最近、無や空に気になったことがあった。空(から)とは大きな滝があって、ごうごうと大量の水が飛沫を上げて落下している様をみて、普通はその水の向こうには山崖が窪んだ何もない空間があるようなことだとTVで説明している方がおられたのである。実際30年以上も前にナイアガラの滝のカナダ側で、観光客としてその滝の落水の内側を歩いた体験を思い出した。

そんなきっかけで、そこに物が有るか無いかの認知についてちょっと科学的に触れてみたくなった。

聞かれた事があるかも知れないが、暗闇で飛ぶコウモリは洞窟の中でぶつからずに獲物を捕えることが出来るという。これを学者が研究し発表した論文を読んだことがあるのだが、コウモリは赤外線でなく超音波を発し、高度な認知機能を持っており、その超音波も高音と低音の異なった周波数を上手く使い分け、反射してくる超音波から動く獲物の方向や距離を知るという。それで獲物を捉えて自らの生の為の糧とするのである。

これを少し一般化して、科学的に見てみたい。
物を検知、認知するために何かを発して、その何かが物から反射してきたり、透過する状態を知る、受ける過程(物と発した何かとの相互作用)を解析しなければならない。例えば手元のガラスが赤く見えるのは、理由は三つあって、一つはガラス自体が赤く発光している場合と透明なガラスの向こうに赤く光る光源があって透過して赤く見える場合、さらにガラス表面に赤い塗料が塗ってあって白色光を当て赤く散乱して赤く見える場合である。
その何かとは、拡張すると、光や音、電磁波や超音波、エネルギー粒子(電子、陽子、中性子等々)である。受けるとは検出器、アンテナ、受光器、マイクロフォン、最近はその検出器を2次元・平面的に配列させたものまで開発され、実用化されている。
身の回り、特に医療の検査では、電磁波の一つであるレントゲン、X線で胸部写真を撮り、その影で、古くは結核、今では肺炎、癌などを判定する。超音波エコー画像でも体内の臓器の状態判定がされる。一番進んで断層写真技術(CT)を繋ぎ合わせて、Ⅹ線CT、磁場を使うMRI-CTなどで、体内の高精細な3次元立体像を得て、病層の状況が判定される。以上は、見えないところを暴露させて、明らかにしていこうというものである。

逆に、同じような科学的手法、過程で、物があるのだが、無いように認知させてしまうことが出来てしまう。よく聞く話だが、レーダに捕らわれない・映らない戦闘機だとか、海上の軍用船などである。仮に可視光(眼に見える)を発し、何かにぶつかり反射すると強弱は別にして可視光は発した方向に戻り、その何かが存在することが認知される。もし、その発した可視光が物から戻ってこない状況を再現出来れば、物が存在していても、見えないから「無いと認知させてしまうカムフラージュ」が可能である。
これをレーダのある周波数の無線と考えると、その無線・電磁波を吸収できるような材料で飛行機や船が作れればいいのである。実際は日本が昭和の初期に開発したフェライト材料が電波を吸収するので、使われているそうだ。叉、これには子供に興味がある透明マント(cloak)が引き合いに出される。この透明マントを着て悪戯(わるさ)をしても正体がばれずに済むというわけだ。
最新の技術では微細加工で検出用の物理的波動の波長(発する何か)より小さなものを作ると、見えないという原理原則があり、可視光(普通は500nm程度の波長)では100nm以下のものは見えないので、電磁波の仲間で波長が1nm(ナノメータ)より小さいX線を使うと見えてくるのである。無線電波の領域でも、電波の波長を算出し、その波長より小さな物は見えづらくなる。類似の技術がこれからの5Gスマフォやさらに次世代のモバイル端末に応用すべく開発がスタートしている。

しかし、人の触覚・触るという行為は光や電波を照射して認知されなくても、闇の中でも掴める・触れることで、物があると認知出来てしまう。これは如何なるものかとふと考えたのだが、触って何かあるという事は物理の作用・反作用で質量と重力が関わるものであることが分かる。

最後に、人の認知とはその存在、影響力、将来性、可能性などを社会的活動・交流、コミュニケーションなどから受けとめるものと思うが、人としてこちらから発する何かとはそれらで十分であろうか。まだ相対(あいたい)する透明マントのようなカムフラージュしてしまう状態とはいかなるものであろうか。人を知る、認知する事はそう容易くはいかない。いっそのこと、こちらの心を開き曝け出し、人を常にリスペクト(respect)すればいいのかもしれない。 (令和3年3月記す)

人工知能AIというより子供の成長をみて

今や誰もが人工知能AI(artificial intelligence)と言って何も疑わない。

実は殆どの人がそのプロセス、如何にAIの示している事が導き出されるか知らないし、専門家に説明されても分からないと思っている。

数学的専門用語を使って申し訳けないが、私自身も若いころ(47年も前になってしまった)に、数値解析や汎用コンピュータしかない時代に独自にやっていた。非線形関数のテーラー展開、多変数解を得るために最小2乗法を適用し行列式で近似解を求める、その過程でデータから入れ替え行列、逆行列を生成、その初期値生成のために初期パラメータのランダム化にマルコフ法を適用したり、行列式をいっぺんに解かず(発散する場合がある)、のそりのそりと収束させた。

そういった行列式を解く過程がAIのpythonというプログラムの中に組み込まれているという。

machine learning deep learning neuromorphic process グーグルの猫の顔の話など、少しAI関連の事に触れた方はキーワードとして重要な事は分かるが詳しく知ろうとしても先に進まない。

さて、人の子供、赤ちゃんがこの世に生まれ少なくとも簡単な言葉が話せる2歳始めまでの事を詳しく観察できる機会を得て、所謂AIのプロセスを考察したい。

生まれたての赤ちゃんの視力は弱く、先ず音声が耳から入り、脳で受容認知され、記憶として形成されていくであろう。その際に優先して受容される音声は母親の呼びかける言葉を始め、家族であることは間違いない。

だんだん視力が良くなり目を動かし周囲を興味深く観察しだす。それと共に先に受容認知していた音声と何か初めて視野で認知された映像が次に記憶されるであろう。それらが音声というラベルで、記憶される映像が紐付きされるであろう。後にそれら音声単独の記憶の発達、単語レベルの数の増大と言葉としての構造化(あえて文法とは言わない)の習得が進むであろう。

赤ちゃんの言葉の受容、学びは周囲の真似から始まる。それも簡単に言いやすい発声しやすい言葉以前のあー、うー、ふーとかである。次に同じ母音を2つ繰り返すあーあー、うーうーである。更に異なる母音が組み合わさった発声の真似になる。このレベルで簡単な言葉だが結構な組合わせができる。その先は容易に類推できるが3音の組み合わさった言葉の真似である。

にこにこー猫のこと(飼っている猫の名前がにこ)

わんわんー犬のこと

おかさな(お魚のこと、一部かとさが入れ替わっている)

おとうさん、おかあさん(両親が所謂パパ、ママと言わせなかった)

次の段階で言葉の構造化、xx yy(またはyyy)の真似ができる。抽象化は未成熟なので、もの、名詞で表現出来る映像が伴うことが必須である。事例を二-三あげてみる、

わんわん おおきい (大きな犬)

(父親が家に居ない時)

おとうさん、しごと

おとうさん、かいもの

順次観察された言葉文章表現レベルまでのまとめ(2歳2-3ヵ月頃まで)と周囲の道具デバイス(あえておもちゃとは言わない)にどのくらい興味を持って使いたがるか、自分の意のままに使いこなすかについてまとめ(2歳2-3か月)をしたい。そのうちに子供TV番組の歌とダンスを覚えて、結構長い時間の歌詞やふりを真似している。これぞ、文盲の大人のレベル。下手に文字を覚えた大人はそれらの歌詞が空では覚えられない。

さらに、願望の表現と行動へ

親に身体を持ち上げて、高い高いをして欲しい

親がキッチンにしまってある網かごを探しに行き、見つけ網かごを帽子のように被りたがる

実はスマフォの操作(親の真似)が出来、YouTubeの見たい映像の再生、ストップの印を覚え

それらができる

4×3や5×4ピース程度の所謂ジグソーパズルで、好きな絵合わせをしたがる

カンカン、見に行きたい(近くの電車が通る踏切がカンカンと鳴るので)

こう見ると遥かにAIを超えていると言わざるを得ない。個体差・個人差(主に環境・親の接し方)はあるが、2歳を超えたこの2-3か月という短い時間に小さな脳の中で人らしく成長し、大人への第1歩を踏み出していると確信する。(続く)

45年前の万葉の旅と令和


令和元年5月の連休明けに始まった築30年の我が家のリフォーム工事の為に数か月前より、家の中の断捨離を子供達に急(せ)かされながらやった。ちょうど5月17日の朝、断捨離を済ませ生き残った古本が綺麗に並べられて、ベットの横の本棚の奥の右側に、万葉の旅(上、下、現代教養文庫・社会思想社;1972年)が見えた。そうだな、理系の学生の私だったが、学生時代、時間があるとこの万葉の旅で詠われている万葉歌の故地を尋ねるのを趣味としていた。学生時代の講義では故江藤淳先生のレポートで悲劇の大津皇子や二上山を題材にした時もこの万葉の旅にお世話になった。

前置きよりも、私はとっさに、下巻を掴み見出しをパラパラと送り、キーワード;大宰府を探してしまった。大宰府には(一)(二)があって、見出しの(二)の前のP126に“梅花の宴”が纏められており、約45年前に手にした本には、こう書かれていた。

梅花の歌三二首と中国詩文を模倣駆使した美文の序とが巻五に所収されている。

序の一節に「時に初春の令月、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き・・・」

この一節が新年号・令和の由縁とされたもので、世間で騒がれている大先生以上の著者の犬養孝氏は既に昭和39年9月にあとがきを記している。

残念だが、当時九州旅行では他の万葉歌が歌われている地区を旅してしまった。大宰府は超有名どころで、当時は徒歩でしか行けないような鄙びた別な所を探し回った。本の見出しに鉛筆でチェックした跡が残されている所を旅したのだなと記憶を戻した。学生時代という短い期間ではあったが、本で見たり、実際に訪れ、8世紀ごろ以前の日本の国の広さ(文化、支配圏)が、万葉歌が詠われている最北端地、最南端地で理解できるのではないかと思い、訪ねてみた。

最北は東北線の小牛田近くの黄金神社(当時金が採れたという)で、せいぜい宮城県多賀城遺跡の少し北であり、最南は鹿児島県阿久根市の薩摩の追門(黒の瀬戸、鳴門の渦潮みたいな流)である。黄金神社は雪降る大学3年生の2月ごろ訪れ、当時は本当に普通の神社で私の他に誰も訪れている人はなかった。薩摩の追門は少し暖かい時期に尋ね、確か国鉄の阿久根の次の折口駅から徒歩で往復した。いわゆる天草の入り組んだ瀬の一つで、古代当時は隼人が中心だった地域である。歩いて腹が減ったので確か駅前の小さなラーメン屋で麺を注文したら、ちゃんぽん麺みたいな汁と麺が出され、おばさん一人でやっている店で味わった。阿久根へは薩摩半島の長崎鼻を訪れ、西鹿児島経由で来た。当時の国鉄の列車に乗っていて非常に脳裏に焼きついている事は、北九州辺りの方言は分かるのだが、熊本を過ぎもっと南の地域では乗り込んできた老婆の九州弁は若い学生にとってイントネーションがベトナムかアジア南部の方が話している様だった。

この万葉の旅は上、中、下の3冊あるのだが、今は(中)が迷子で見当たらない。(上)にはメッカの大和地域で詠われた万葉歌が多く紹介され、詳細に分類されている。付け足しだがこの(上)を参考にして、学生当時(1976年頃)、友人の父親が単身赴任で住んでおられた奈良西大寺近くの官舎を根城にさせて頂き、大和三山、山の辺の道などを、友人と供に歩いて味わった。色彩豊かな壁画が描かれた高松塚古墳が1972年に発見された4年後であるが、当時は見学者を受け入れる状況にはなっていなかったと思う。

九州の旅は鹿児島大であった学会の後の一人旅だったが、今振り返ると昭和の帝が、約13年後に身罷われ、更に30年後に現上皇が自ら退位の意を表され、普通は深い悲しみの中で新年号を受け入れるのであるが、この令和の新年号はどちらかというと慶事の雰囲気漂う中で待ち望んだ。予期もせず、こういう初めての、心の持ちように万葉歌がしてくれたと想いたい。

岡本太郎 2

平成30年4月9日、自宅で仕事部屋兼ジャンクルームの断舎利をしていたらこの独り言をプリントアウトした紙片(前月号の独り言)が出て来た。読み返すと平成17年記すとあり、文末で、しばらくして岡本太郎に会いに行ってみようと呟いていた。その呟きから約13年も知らずに過ぎてしまった。

最近、旧大阪万博跡にある太陽の塔がリニューアルされて、再び多くの訪問者の眼を楽しませているというニュースを聞いたが、しばらくすると来場者数は期待していたほどではないという、追いかけのニュースを聞くと現代人には太郎の想いの念力も効かなくなっている時代に変わっているのかとも、少し寂しい。

また、別なことも頭に沸いてきた。岡本太郎と知の関係を呟くのに関係なさそうであるが、ある出版社の記者との逸話をまだ口外していなかったのか定かでないが、お話ししよう。私が昭和の時代53-60年頃、電気会社に勤めていた若い頃(24-32才)に、ある先輩がいて、両親が文筆家とお聞きしていていた。先輩が米国へ転職し、私もその後転職し、消息を聞くこともなく十数年が過ぎて、その先輩が帰国され再会できた。先輩との雑談の中で、“俺の父が若いとき岡本太郎の原稿取りをしていて”、よく自宅(おそらく青山にあった頃)押しかけたそうで、酒が好きな岡本太郎を新橋界隈からご自宅までお供したような関係だったそうである。こんな話では太郎の知的挑戦に係わる呟きに繋がらないが、私にとって、偶然再会した先輩のお父様を介して岡本太郎の人となりを知って非常に身近になったことは、知識・情報が積み重なりある種の構造化した成果と言える。

さらに、記憶をたどると、東京都庁が高層化し西新宿へ移転する前(1985-90年頃)に、今の有楽町国際フォーラム辺りに旧都庁舎があり、取り壊す前に一般の都民が立ち入れる建物のある処に太郎の作品がオブジェとしてあり、そこを見学したことを思い出した。

さらに、続く時は続くもので、平成30年4月の中旬(正確にいうと、紙片を見いだした9日から1週間後の16日)、出けた先のあるカフェ風のお店でお客用に本棚があり、古本が置いてあった。般若心経・・・という見出しに引かれ、直ぐさまその古本を手に取った。著者は大城立裕氏、発行は1981年、正確な著名は般若心経入門である。

なぜ、般若心経のタイトルに惹かれたかという理由も述べなければならないが、最近インド仏教の経典の梵語・サンスクリット語を古代中国が漢字化した時代の経緯を知り、音写と意訳の2通りで訳された語彙が、後年日本へも輸入され、多くのところにサンスクリット語をベースにした語彙が、それとは知らずに我々は日本語として使ってしまっていることを知ったのであった。例えば知に関するもので、知恵があるが、本来は智慧という仏教用語をベースにしているという。

さらに表紙をめくると、おっと、なんと岡本太郎の推薦文がお出ましになったのである。沖縄の大城氏と岡本太郎には交流があり、初めは大城氏も太郎の母、岡本かの子氏との接点があり、太郎と知り合うようになったと本文に紹介されていた。私の最初の川崎・二子での出会い(現高津区二子は岡本かの子の実家大貫家があった)と似ている。

太郎の言葉は以下のように吐かれていた。

色即是空、空即是色、強烈な世界観だ。 しかしこれをただ頭で考え、言葉で受けとめるだけでは、大した意味はない。生活の中に生かさなければ。大城立裕は自らの戦争体験を重ねあわせ、これを噛みくだく。 私はかつて沖縄に行き、島々の清らかな気韻、透明感、その凄みに打たれて「沖縄文化論」を書いた。沖縄には無の豊かさ、存在の原点で生きている充実感がある。だから沖縄の人、大城君がこの般若心経にぶつかって感動したのは自然である。 現代人は無のなかでナマ身で生きる、無即有の生命の自在さを失ってしまっている。豊饒な空の世界にこそ目をひらいてほしい。

出張先のカフェでこんな形で、13年後の再会になろうとは微塵にも思わなかった。13年前の本意は生田にある美術館にまた訪れたいという軽い気持ちだった。また、“無”に関する呟きにも少し腑に落ちたのであった。無と空とは完全には一致しないが、般若心経の色即是空は物の因果関係性から説いたもので、物が無いのではなく、例えば食物連鎖を考えると、最初の植物性プランクトン→動物性プランクトンがいないと、連鎖の最上位にいる人は生きていけない、存在できない。このような因縁・因果の関係性が世の中には沢山あり、人の営みを支えてくれていることを教えてくれている。岡本太郎の豊饒な空の世界はなんと素晴らしい。人は手にとって確認可能な物質的な言葉と、人が考えたり、想像したり、抽象的概念を示す言葉とを創造しそれらの因果関係を、自らを豊かにしていると思わせてくれた。

平成30年4月25日(水)、仕事で出かけた横浜からの帰り道で東横線を久々に利用し田園調布の“太陽の塔”を再確認しようと決めた。何しろ数十年前の古い事なので、私の勝手な思い込みで、その塔が有るのか無いのか、建造物自体が残っているのか心配したが、正に残っており、“鎮座”していた。通り過ぎる電車の中から観察すると、それは屋根の千木みたいな位置にある大きな丸い飾り物のように見えた。後で調べると、それは世界真光文明教団の建物と分かった。遠目に“太陽の塔”と信じ見えたものは、その宗教団体の星をモチーフにしたシンボルであった。

大阪に行く機会は無いわけではないので、川崎・生田の山でなく大阪万博跡のリニューアルされた太郎と本当の再会をしてみたいとも想っている。5月1日この原稿に終止符を打とうとしている時、大城氏が1967年沖縄初の芥川賞を受賞されていたことを知り、なんと私の無知を曝け出すことか。

消費者としての我が身とエネルギー政策との接点


学生時代(1975年前後)漠然と日本のウラン核分裂による原子力発電が注目され、どんどん増えてくるなという環境をうすうす感じていた。専攻が材料、それもセラミックスを主なテーマとする学科で、原子力関係へは進まなかったが、極めて強い放射線環境下での炉材材料の劣化研究など含まれていた。大学院へ進むため所属した研究室ではゼミ勉強会として当時現場で活躍していた専門家の先生方の話を聴く機会も多かった。その中で原研の専門家で、溶融塩型高温増殖炉が理想的で、夢のエネルギーが得られるというバラ色の話があった。今になってそんなバラ色は消え失せた。

1978年に社会へ出て就職すると、私は半導体材料担当だったが、核融合のうち磁場によるプラズマ閉じ込めに続くレーザ光による次の核融合を目指す、高強度のレーザ光を発振させるガラスレーザ光システムの開発を就職した企業の他部門が進めていた。自分に近かったのは酸化物結晶によるレーザ光発振を開発している部門で、後に実際に使わせて頂き半導体薄膜(ミクロンレベル)の加熱処理を進めた。昨今では高強度パルスレーザ光による大型材料加工(厚膜鉄板の切断)の実用化、医療分野への応用がなされ、1980年ごろに開発取り組みをした欧米のチームが2018年のノーベル物理学賞を受賞した。それにしても40年弱の時間が経過している。

話を戻そう。就職した部門での他分野研究として、1980年当時、始められたばかりのシリコン薄膜太陽光発電セル(ソラーセル)の試作も行った。現在の再生可能エネルギー政策として風力発電とともに重要な位置づけをされている太陽光発電の黎明期であった。この時のシリコン薄膜は低温度で形成され、水素分子が多く含まれる所謂アモールファス状のものであった。その後ポリシリコンとともに液晶ディスレイを駆動させるトランジスタデバイスにも使われた。

それから齢を重ね、省エネ・脱二酸化炭素ガスを御旗として、ハイブリッド車とか家庭にもソーラーセルを導入という機運が国内外で作られてきた。初めてハイブリッド車を手にしたよと、友人の中でも物好きなやつが、わざわざメールで連絡してきた。また、吃驚したのが実家の兄が新築した実家の屋根にソーラーセルを載せたことだった。都市ガスの配管が来ていない神奈川県の在にある実家はプロパンガスを使っており、オール電化にして、ガス代節約を標榜し、多額の投資をした。そこにはちゃんと裏があり、国や地方自治体が助成金を出し、普及を図る仕組みに、兄が乗っかったのだ。

数年して、2011年3月11日の東日本大地震が発生し、日本のエネルギー政策が根底からひっくり返った。2018-2019年現在でもふらふらしている。実は原発が停止し、計画停電もされたが、運よく、東京山の手線内に住んでいたので、真っ暗な夜を過ごすことはなかったが、翌2012年の末、自宅へもソーラーセルの設置工事を行い、2013年初頭から太陽エネルギーの直接恩恵を受けることになった。弟の私も国や地方自治体の助成金システムを利用させて頂いた。現在も劣化もなく発電を続けているが、年間の推移をみていると天候に大きく左右されていることがわかる。発電量変動にして15-20%であり、これはお天道さんが良く照っているとか照っていないとか、飢饉を起こしてもいいくらいの変動である。気温や降水量もあるが光なくして光合成は進まず、即食糧難と関わってくるものだ。

2005年、27年間のサラリーマンを辞めて、自営のコンサルタントになったが、業界支援として活動しているときに、前にも書いた風力発電に世界的に巨額の投資がされ、直径50メートルを越える風車が国内でもあちこちで目に付き増加しており、その風車の羽根の歪を“ある光技術”でモニターするデバイスに関わった。海外の風力発電量は大きく、国内は小さい。本当に大風が吹くと羽根が壊れ、インフラ設備の風車自体も倒壊する事故も起きている。仰々しく国のエネルギー政策の議論はしないが、ワットの蒸気機関が発明され、化石燃料を大量に消費し始める産業革命以降、増え続ける大気中の炭酸ガスの上昇を抑えようとする大義が各国にあって、持続可能再生エネルギーの開発導入が原子力発電とバランスしながら、推進されてきた。

ところが2011年の東日本大地震による原発の被災を契機に、コストが安いといって石炭、天然ガスによる火力発電が代わって前面に出されてきた。化石燃料の需要増大で価格上昇がもたらされ、シェールガスの高い採掘コストの元がとれると理由で米国がシェールガス埋蔵量トップで米国はエネルギーの輸出国のポジションを得るとことになった。中東やベネズエラの石油産出国の取り巻く環境変化、エネルギー産出が低下してきたロシア、価格高騰の原油の大量輸入で貿易赤字増大の日本と、世界のパワーバランスの変革が進む現状を平成最後の日に独り呟いている。

最近思うこと 人工知能 AI(Artificial Intelligence)

AIの一人歩きが目立つ。AIはあたかも万能がごとく崇拝の的となっている。ちょっと知っているエンジニアは特定型AIと汎用型AIがあって、それらがどのように区別されているかは理解しているはずである。その先は人工知能の中身の仕組みや、どのようなデータを必要とするか、出来るだけ速く演算させるための半導体チップ開発などがあるが、普通に暮らす人達には難解すぎるので、ここでは深入りしない。

wiki; 特定型AI, 汎用型AI

よく考えると、もはや答えや結果を出すプロセスは人が追いつかないという。しかし、出て来た答え(本当は複数ある中の、ただアドバイスとして参考にすべき程度のものかもしれない)を信奉し、どんどん進んでしまう。例としてAIが出て来たら無くなってしまう職業、それで何万人が失職すると平気でいう。逆にAIが出てきても無くならない職、こんな技能を有する人材は大丈夫だという議論をしている。振り返るとなにもAIがなくとも歴史的に不要となった職、継続される職、また新たに必要となって、今流にいうとイノベーションで生まれる職もあった。産業革命でエネルギーやエレクトロニクス化が進み、更にIT化では産業の規模拡大で所得増大と雇用拡大が計られ、経済縮小へとはなっていない。

日本では少子高齢化で人手不足と騒いでいるが、本当はそうでないと私は見る。数字的には人材の適材適所が出来ていないことを原因とする非効率化、業務の効率化や分散化をすべきで、インセンティブとしては年功序列ではない経験度やサラリーのアップを検討すべきである。

2018年3月(就職活動が解禁):最近のネット記事で紹介されていたが、就職試験の面接のAI化が試みられたそうである。IBMのワトソン(言語、会話解析)が裏にあってソフトバンクの推進する人型ロボット、ペッパー君(カメラセンサーが取り付けられ学生のしぐさや表情がとらえられている)が面接官だそうで、先ず質問に学生が答えるとせっかちに次々と質問をしてくるそうで、その際の流れで、50-60件の質問で終わる学生、100件以上の質問をされたケースもあるそうで、その“面接”時間は1時間半にも及ぶこともあるという。結構ロボット面接官と対峙して疲労困憊だったそうである。面接のAI化で何が効率化して、何が良かったのか、何が課題として残ったのか分からないが、この程度では人事の面接官の一時的代役は出来ても人事の社員はまだ無くならない。

さて、AIも勝ち負けで結果が出るゲームの世界では様相が一変する。囲碁、将棋、チェスなどは先ずAIの方がxx級、x段の力量があると示され、それを人が打ちのめすと、俺は将棋が初段であるというような自慢話は、初期の頃の話でAIとは言わずに、コンピュータxxとかゲームのソフト化と言っていた。現在では将棋6段・中学生の藤井君が颯爽と出てきて、皆さんプロの棋士はAI将棋で勉強、研究しているそうで、藤井君の相手の棋士が打った手に対してAIはこうする、しかし藤井君は時には予想もしない手で攻めて来ることもあると解説されていた。プロを打ち負かすAIロボットをデビューさせることが目標となってしまった。本来ならは脳の中の思考回路とか無意識・意識的判断をなぜしたかというような分析解析的議論へ進んで欲しいところだが。

AIが出てきたら、こんな新しい事が出来る、今まで無かった新しい職が生まれるというポジティブな意識になった方が良く、無くなる職の心配をするネガティブな意識は捨てた方がいい。

付け足しだが、AI、人工知能の著書やブログを漁ると #ニーチェ まで来てしまう。AIが発達すると人は労働をしなくなる。ニーチェの” #超人 ”に対する” #末人 ”は以下こう書かれている。

ニーチェの末人:愛もあこがれも創造も知らず、健康に気を配り、労働も慰(なぐさ)みの程度に必要とし、平等で貧しくも富んでもおらず、わずらわしいことはすべて避ける。安楽を唯一の価値とする人間たち。ひょっとするとそういう人間たちが、人類の歴史が生み出す「最後の人間」なのかもしれない。

”無”について

新年度の初夢ではないが、平成29年、2017年の取り組みテーマは無の追求と以前のブログに述べた。

9月に入って今年も秋を迎えようとしている。時を見つけては”無”を先ず数学的に表示すること等考えてきた。それは単なる数学的数字や記号のみの表現にとどまらず、社会的事象、人の中の思考や意識の持ちようといった事象で関連付けるという試みである。

最近インドでzeroを意味する最初の文字を見出したというニュースがあった。それは紀元3世紀ごろのサンスクリット文字で、・点だという。

我々日本人、日本文化は漢字の世界で長い間、醸されてきたので、漢字から逃れられないが、無(む)の前に零(れい)などの文字も思い浮かぶが、漢語辞典などではもともと、極めて少ない、小さいという意味をもっており、いつしか零(0)とも代用してきたようだ。

さて、無は漢語辞典に依ると、由来は亡+森や木々で、木々が亡くなった状態を言うそうだ。そうすると、亡という意味も合わせて考えようという次第になった。人間の心理として”無や亡”は、目の前に具体的に存在するする物や事象を否定することで認知するようだ。(続く)