クローン羊誕生とその後

 ChatGPT・生成AIよりもっと気になる事が、湧いてきた。
 1996年クローンドリーの開発者、イアン・ウィルムット氏(英国)が79歳で亡くなられたというニュース記事が今日9月12日報じられていた。偶々なのであるが、最近アミノ酸の円偏光に興味があって、特定のアミノ酸類の組み合わせからなるDNAについて素人勉強をしていた。細胞の中には遺伝子情報が詰まっているDNAや遺伝情報を転写、アミノ酸の収集とタンパク質の合成をつかさどるRNAなどが含まれ生命体を維持している。
まず、アミノ酸の円偏光であるが、アミノ酸レベルの高分子になると全く同じ分子組成で鏡像関係にある2つの立体構造(右・左タイプ)が存在し、全く同じ化学的性質を有するが、物理的特性で光を当てると右回りの偏光特性を示すものと左回りの偏光特性を示すものとに分かれるのが知られている。
 ここで少し宇宙的現象についてお話する。
太陽の様な水素H2からなるガス球で核融合反応が進むと元素の周期律表の鉄Feまでは創られるそうだ。理科でよく聞くクラーク数、人の身体に含まれ生命維持に大切な微量金属元素はFeよりも重たく、そのような金属はどのような現象で宇宙的に創られるのだろうか。
 そうです、聞いたことがあると思いますが超新星爆発で重い金属まで核融合が進んでその残骸が吹き飛ばされたのです。そういった宇宙的プロセスで形成された微量金属が我々人の生命維持に重要な役割をしているのです。
 クローンは全く同じ遺伝子DNAを有する生物個体。自然発生的には一卵性双生児がそうである。人のDNAは複数の異なったアミノ酸の組み合わせから出来ていて、世界で初めて黒っぽい色をした小惑星のサンプルを持ち帰った日本のはやぶさ2のサンプルを詳しく調べたら、色々なアミノ酸、それも左右タイプのものが見いだされたという。これは確率的に宇宙空間のある化学的反応が促進できた環境であったということでしょう。
 

  哺乳動物のクローン、非常に難しいが1%以下の0.〷% で成功するらしい。
  食肉用家畜牛のクローン、表示義務なし、出回っているらしい。
  中国が猿のクローン誕生成功、ある国の研究者は私はやらないと断言。

 その裏にある研究、幹細胞、ES細胞、iPS細胞の組織培養・臓器分化可能性があるうちに、自分の細胞をもとにクローンである培養組織を使う治療、しかし、易しくはない、免疫抑制、癌化抑制、コスト削減のために特定個人の組織細胞を共通化して万人に適用化する研究も開始されているが、課題も多い。
 数年前には、臓器が動物の体内位置で、複数の特定臓器同士の立体的配置を備えた培養サンプルを国内の著名大学の若手研究者が開発していることも知った。 受精卵・分化可能性、高等生物は進行するにつれて分化可能性は失われる。人工授精に対しても現在では何も批判は言われなくなった。一卵性双生児は自然なクローン。究極でSF的な、脳の無い臓器移植の為だけにクローン人の医療的開発応用を良しとする? 私は断固として否と言いたい。
 一方地球上の植物生物は非常に多様で、生きるということからすれば食物連鎖の初めに当たる、動物への必須アミノ酸を供している。
ソメイヨシノ(桜)はそもそも植物のクローン。 江戸時代に作られ、以降接ぎ木で世代を継承、同じDNAであることが確認されている。接ぎ木は平安時代から知られていた。クローンの傾向、開花時期が早くなるという。単に温暖化ではない。
 挿し木もある。小枝を土に差し込む。植物の細胞が分化全能性を有する。最近の情報では茄子のように2段接ぎ木でないと上手くいかないものもあり、病気予防の為に、台木、中間台木も使う。渋柿に甘柿を接ぎ木する、60年前の私が10歳前頃に母方の祖父がやってくれたことを覚えている。 今夏8月下旬にNHK BS放送で、樹齢1300年のやくし桜の小枝を30年前から接ぎ木し育て、それから何百ッ本もの苗木とし、全国各地へ配布して親木と同じくさらに1000年も花を咲かせ続けたいとする仕事をする90歳の古老の話は気持ちが晴れ晴れとする。
 丁度脱稿しようとしていた10月2日にノーベル医学生理学賞が、新型コロナが蔓延し、その緊急対応策としてm-RNAワクチンを開発した2名の欧米学者に授与されるとうニュースが飛び込んできた。これは高等動物、究極の人間であるが、誰しもが病になると、生きたい、人のお世話になっても、つまり他人の臓器移植まで望み、長い道のりであるが本独り言で呟いたクローン人間の臓器、その臓器の組織細胞を欲する研究、ES細胞、iPS細胞、体幹細胞まで行きつくと、植物の接ぎ木の晴れ晴れとした気持にはなれないのである。

家から富士山が見えても富士から自分っちは分からぬ

 都内には富士見橋とか富士見坂という地名は多い。何故かと、聞く必要もないであろう。其処へ行くと西の方向に富士山が見えるのである。私も結婚して45年、東京に来て51年も経ってしまい、あちこちにスカイスクレーパーが、始めは徐々に、段々と加速して行き、にょきにょきと雨後の筍のようにあちこちの猫の額を埋めつくす。と、ある時、今年が最後のダイアモンド富士山となりますと、突然身近の富士見坂の際にポスターや看板が並ぶのである。大概は最後のダイアモンド富士山の占有する遠くののっぽビルにこれから住むであろう主の素性や懐具合に文句は言わない。
 なぜか、ダイアモンド富士を撮っていた昔カメラ小僧と言われ、今や高級なデジカメセットを携える親爺さんは、その富士見坂付近の住人でないと予想される。ひょっとして、今後ダイアモンド富士を独り占めするスカイスクレーパーの新住人かも知れないのである。ごちゃごちゃ、最後のダイアモンド富士を捉えようとするマニアと素人さんからなる群衆は互いに気にせず、いい場所取りをして、喧嘩沙汰にもならず、最後のショットを満足げに納め帰路に向かう。
 実は、最近同窓会のお知らせを頂いて、コロナ禍で3年前に亡くなられた若かりし頃ご指導頂いた担任の先生の墓参をするので集合されたしという主旨であった。
学校の先生が担任としてクラスを持った生徒たちの数、専門教科として受講した生徒たちの数を40年位の間先生と呼ばれ、運良くば、A先生はこの専門教科では当時素晴らしかったと言われるような伝説が残っておれば、相当な人数になるであろう。ここで、えいやっと40年x250人/年=10,000人とする。約1万人の教え子のひとりが私である。
 同窓会は3-5年に1回ぐらいのペースで開催していたが、最近、具体的にお話すると2011年(3月に東日本大震災があり、東日本地区で被災した大企業に勤めていたクラスメートも多く)、その頃の同窓会も延び延びになって、私も電子メールアドレスの変更届が上手くいかずに連絡が途絶えた。更に2019年頃からの新型コロナ騒ぎで、同窓会は面と向かっての開催が出来なく、本当に今回の連絡が久々となった。
 40代、50代、そして60代へ突入し、今年で皆70代となった。ここで定かでないのであるが、恐らく50代の同窓会の時、担任の先生にある思い出を詳細にお話した。最終学年(18歳)の授業の時、受験勉強の範囲外の数学のテーラー展開式(詳しくは高木貞治著・解析概論を参照)の説明をされて、黒板の左から右へ一杯に式をチョークで書き記したのである。ここまでであったら、こんな先取りの授業の話で終わって、家から富士山が見えてもで終わってしまうのであるが、私はさらに話を続けたのである。
 xx先生、大学に入学して更に所属した研究室(材料科学の修士コース、21-24歳)での研究内容の話を続け、非線形関数を無理やりにテーラー展開で近似線形関数を作成し、それをもとに当時誰も挑戦していなかった観測した実験値とテーラー展開による近似線形関数を最少2乗法で収斂させて式に含まれる材料の構造パラメータを求めることが可能になりましたと。
 xx先生はそうかい、そんなテーラー展開の説明をされたことをお忘れになっており、少々拍子抜けし吃驚したが、そんなものかなと思いをはせた。
 多くの教え子がたった一人の先生を囲むようにして存在し、その教え子と先生との距離感やどのような付き合い・興味といった方向感がそれぞれあることがわかるのである、インフルエンサーという言葉が知られているが、確かに私は数学の担任の先生の影響を受けたが、現代版インフルエンサー講演に集まる特定のインフルエンサーの影響を受けたいとか、俺は私はインフルエンサーだと言う穿った気持ちを持ちたいのではなく、無意識の中で互いに伝播し合えばいいのではないかと思う。
 私の記憶では、関東地域ではなぜか、富士を夕日の西に臨むのが普通で、富士見坂でなくとも平らで広々とした関東平野ではどこでも富士を眺むことができ、日光から浅草への帰り道、まだ富士が小さく低く望める東武線沿線、茅ケ崎の実家の西向きの玄関から大山丹沢連峰と毎日見える富士、茅ケ崎の海岸から西に顔を振り向ければスカイスクレーパーに切り取られることなく、自分の富士を箱根山の外輪山と好きに鎮座させ、楽しむことができるのである。

卒FIT その後 II;蓄電池導入

そこでわが家の最新ソーラー発電と電力消費動向について説明します。令和5年5月2日は発電総量は31.4kwh (朝6時の0.1kwhから夕方17時の0.1kwhまで)、消費総量は22.2kwh (これはガス無しのオール電化です)。消費電力パターンは図の通り、早朝にやや高まっているのはヒートポンプ式のエコキュート温水貯蔵でドラム缶一杯ぐらいですかね、その前少しベースラインが増えているのは家人が夜更かしで風呂の沸かし直しや3台のTVを見たりしていた。朝の食事の用意はゆっくりとして、夕方からの食事の準備でピークに見えるのと明らかに違います。季節柄、エヤコンの使用がなく昼間はこんなに低レベルです。家の広さはかなり広く、大手住宅メーカの180平米(総2階)で熱遮断性については建築当初のままですが、リフォームで2か所窓を塞ぎました。

さて、その後蓄電池の導入を行い、5月下旬よりシステムが稼働しました。7月の下旬に至り都内でも連日35℃以上の猛暑になり、冷房機器を昼夜長時間使用せざるを得ない状況に陥り、日中天気も良く・日射量は高くソーラー発電量も大きく、蓄電システムの良さを実感した次第です。次の発電<昼間の青線>、買電<オレンジ色の棒グラフ>、売電<草色の棒グラフ>の3つのグラフは典型例です。先ず、真夜中の12時には、前日の晴天下で発電し蓄電池がフル充電され、それが放電され夜8時ごろまで利用され、空(蓄電池を完全に0%にしてしまうのはッシステム上危険で残20-30%で”ゼロ”設定とします)の状態になっています。我が家では夜も弱く冷房にしています。そして朝方3-4時の2時間で温水を沸かしますので、安い深夜電力を購入するシステムです。朝7時頃から発電が始まり、蓄電用と自家消費

下の運転中の状態を示す

卒FITという言葉と行動

 卒という言葉は卒スで、亡くなる・死ぬこと、学校などを卒業すること。さて、アルファベットでFITとは英英辞書でみても多くの意味がある。今月、令和5年1月の24日に我が家でもとうとう卒FITを迎えるのだ。それは嬉しいか悲しいか、どちら側の情緒で表現できるのか、それとも全く関係ない事象で情緒なんてでは表せないとも言い切れないのである。正直言って十年もの間お世話になった事は間違いなく、本当に感謝しなければならない。わが家のデシジョンとして、オール電化にした。オール電化とはガスの供給も絶ち、事実、契約上ガス会社のメータを外す必要があり、安い夜間電力でヒートポンプを稼働し、お湯をドラム缶一杯分位を沸かし、普段の調理はIH加熱方式で行うのです。そんな時期に照明器具も全てLED 電球とした。 FIT(Feed-in-tariff)とは固定価格買取制度の事でソーラー発電を始め、再生可能エネルギーを10年間固定価格で買い取ってくれる制度の事です。これが終了することを卒FITと言うのです。
 例えば学校を卒業すると、次に新たに何をしたいのか、何をするのかが関心事となる様に、卒FITでも次の手立てをよく考えなければならないのです。よく、キーワードとして目につくことは10年間高値で、例えば42円/kwhで、送電グリッド網の管理電力会社が買い取ってくれてた発電電力をどこかへ安値(x円)で売り渡さざるを得ない状況なのか、自前で蓄電池システム(大容量の蓄電池抱える電気自動車などを含む)を高額で投資せざるを得ない状況(百万円以上、EV車ならそれ以上、若干の公的助成金もあるが)の選択を迫られている。私も1年前頃から、新興蓄電池システムを開発提供している企業の資料を読み始め、昨年の夏ごろから来る卒FITに対して良い案はないかと力を入れて調査を開始した。比較的直ぐに、私にとって、魅力的なシステムが提案されている事を知った。ここでは具体的なサービス名を書くと特定企業のものと判明するので、一般的な説明とする。それは、自前で蓄電池システムを持たないバーチャルシステムで、ソーラーの発電量と昼夜でソーラー発電量が自分の家の消費量を賄えない時に、grid網から電力を市場価格で買わなければならないのであるが、それをスマートメータで相殺してくれるという物である。普通家庭のソーラー発電では、電力の消費量>ソーラー発電量なので、一般家庭にとって莫大な金額を投資せずに済み、相殺された使用した分だけ電気料金を支払えば十分なのである。
  一見どこにメリットがあるのだろうかと迷うが、現在電気代は1kwhで30円以上で、買取価格8-10円よりもはるかに高いのである。ここで少し概算計算をしてみるが、10年前の購入電気代はわが家の実際値で1kwh当たり20円を下回っていた時期もあり、そのころの余剰買取価格が8-10円という数字でも、そう違和感はなかった。といいうのは、天然ガスを自前で採掘できる国の電力代金は七円レベルで、それでも少しは利益を出せると言われていた。それ以前では原子力発電によるコストは4円レベルとも言われていた。<2011年の東日本大震災での福島原発事故で廃炉処理を含めたリアルな発電コストは4円ではとても済まない事が判明> 2022年末の時点での対ドル、円安130-150円、化石燃料コストの爆発的増加、諸々の諸経費のインフレ率の想定以上の高騰などの要因で2023年半ばに更なる価格上昇も予定されており、今の30円/kwhを上回る電力価格のポテンシャルを相殺できるのである。そんなチャンスを8-10円で売り渡し、更に蓄電池システムという決して元が取れない投資には、私はgoを出せなかった。
 課題はなぜ国を始めとする行政機関が卒FITで助成金まで付与して、蓄電池システム導入を進めているのかというと、災害時停電というグリッド網からの電力供給がオフ状態になってもソーラー発電と蓄電しシステムで自律的に出来るだけ長く息絶えずにいて欲しいが為と季節的に訪れる電力逼迫時の負荷軽減である/これは最近わが家にリフォームで出入りしている企業の本音の話である。
 かくして、卒FITの次に、特に我が国日本は家の断熱化(冷暖房に有効)、省エネ化をあらゆる面で進めるということにつきると思います。

そこでわが家の最新ソーラー発電と電力消費動向について説明します。令和5年5月2日は発電総量は31.4kwh (朝6時の0.1kwhから夕方17時の0.1kwhまで)、消費総量は22.2kwh (これはガス無しのオール電化です)。消費電力パターンは図の通り、早朝にやや高まっているのはヒートポンプ式のエコキュート温水貯蔵でドラム缶一杯ぐらいですかね、その前少しベースラインが増えているのは家人が夜更かしで風呂の沸かし直しや3台のTVを見たりしていた。朝の食事の用意はゆっくりとして、夕方からの諸受持の準備でピークに見えるのと明らかに違います。季節柄、エヤコンの使用がなく昼間はこんなに低レベルです。家の広さはかなり広く、大手住宅メーカの180平米(総2階)で熱遮断性については建築当初のままですが、リフォームで2か所窓を塞ぎました。

闇と光汚染

 昨年末、お付き合いのある企業様から所謂翌年の新年のご挨拶の品を頂いた。翌日、その頂いた手作り写真カレンダーを開くと、名刺大のカードが挟んであり、2023年/先を見る との表書き、裏には一寸先は闇か光明か と添えてあり、その裏の添え書の方がレコードのA面のように聴こえたのである。
 これまで、私が漢字文化で一応育った60余年の間、字の構成としてはある時、気が付いていたのは間違いないことであろうが、きちんと意識して、門構えのなかに音という文字が挟まれていて、それをヤミとして自分自身に受け入れていたのか少々怪しくなった。なぜなのか、漢字の古典として、部首等の組合せで新たな文字を生み出していく、今流のイノベーションが普通に行われるのが象形文字である漢字文化の骨格である。なぜ、門構えに音で、音とは一見関係なさそうなヤミを意味させるのであろうか?
 全くの個人的経験であるが、信貴山の朝護孫子寺に行くとお堂の地下に造られた空間をわざわざお金を払ってまでして、そのヤミを体験(戒壇巡り)したことがあった。そこは本当に全く光明のない真っ暗な空間で、壁つたいに人は歩く事しか出来ない。指先の触覚(感覚)が頼りである。しかし、暗くても、人が2人居て、声だけが2人を結びつけられる事も出来るのである。闇というのはこういう感覚的に分類出来ることばで、物理的意味も持っている。

さて、もう一つの光明であるが、次の2010年6月のマイブログで2009年に話題として取り上げた光汚染について書き残してあった。

追記 *1、*2
  昨年2009年の前半に、海外の雑誌に掲載されていた環境問題。これまで、環境問題の中で汚染物質排出はフロンガス、二酸化炭素ガスや 有害金属、有害有機物質、炭素微粒子、石綿などが取り上げられ、指摘されていたが、 ある海外雑誌では、light pollution を取り上げていた。
 過剰過ぎる夜の照明。これは安全な night life や 夜間屋外活動(スポーツ、イベント、 何もプロだけでなく一般の人が夜間帯に行うものが非常に多い)を拡大してきた。夜間が明るくなると、人の生理的営みが神経的にも阻害されてくるそうだ。 人だけでなく、人工の光が与える動物への影響もあるという。
  *1半導体の1種であるLED照明が開発されて、エネルギー効率が従来の白熱灯に比べて約3分の1と非常に小さくなったことは良いのだが、装置のコストも低減されて、従来と同じエネルギーをと投入すると光る光束の量は3倍になり、夜空が更に明るく輝いてしまう光汚染(公害)となってしまっているのだ。
 400年前のガリレオが初めて手製の望遠鏡で見た星は今や都会では決して見れないとうノスタルジー的文章からその海外雑誌は始まっているが、一度エコ、省エネの観点だけでなく、夜間照明の在り方も検討課題の一つとして入れたい。光で汚染と言われると、いい気分がしない。せいぜい、キャンプの焚火の明るさで済ませる生活がいいのだろうか。現代人類の生活がここまで来てしまってると後戻りは出来ない。
 米国NASA提供が提供している夜間衛星写真(添付URL)は、おそらく想像以上に地球規模で夜の世界の営みが奥地まで進んでいる事を物語っている。
http://apod.nasa.gov/apod/ap001127.html
このサイトの中央にある写真をクリックすると詳細な夜間の光の分布を見ることが出きる。
 この写真を見て、何を想像してしまうか。想像力の豊かな人ほど悲観的になってしまうかもしれない。今や、全世界にくまなく広まっている、電気供給網(グリッド)が出来上がっていることは、エジソンの時代の電球の発明から100数十年という長い時間が見える。この光の分布を見ていると、地球上のちっぽけな狭い日本だけでエコ、グリーン運動を血眼に行っても、本音のところ効果がなさそうに思える。グローバルな取り組みが是非必要であろう。

 地球上にいて、今でもかなりの奥地へ行くと、そこの夜は闇夜でなく、天を見上げると満天の星と天の川で一杯である。その様子を高感度映像でどこかのTV番組が流していた。それは、人工の照明がないからこそある、ありのままの世界であって、古の人は、現代の宇宙へ上がってしまった衛星からではなく、地上から宇宙の地図の光のグリッドを見て、想像を広げ、神話などを語っていたのであろう。その高感度TV放映像の中を、素早く右から左方向動き、消え去った強い光があった。やはり、人の仕業の”未確認飛行物体”が夜間でも蠢いている証であった。*2私自身の体験でも1980年代の後半の米国東岸部のノースカロライナ州の田舎の夜空は、まだこのような「闇夜」であった。

道後温泉と最新掘削技術

松山の道後温泉、古くは万葉集にも熟田津の、、、とうたわれていることもご存じで、最近改修の工事で話題となっている。

平成29年2月12日朝、NHKのおはよう日本の番組を観ていたところ、おやっとするというより日本の先端技術は温泉掘削にありという驚愕の事実を知った。

結論を先に説明すると塩田岩治氏が昭和21年(西暦1946年)の南海大地震で枯れてしまった道後温泉の泉源を深く掘れる当時貴重だったダイヤモンドを取り付けたドリルと斜めに掘削する技術を応用して新たな泉源を見つけたという話である。(参照を文末に示す)

地球上の石油資源が枯渇すると言うながら、次々と埋蔵田がみつかり、バレル当りの価格も100ドルを越えて、掘削経費にも巨大な投資が行われている。最先端の石油掘削技術を有するGEの様なグローバル企業はもちろん、最新のダイヤモンド掘削ドリル、高温度や歪をセンシング出来る光ファイバーが挿入されているパイプケーブルを使い、既に塩田氏が試みた斜め掘りや深部に行ってから水平掘りを行っている。

なぜこのようなことまでして(技術開発と巨大投資)、化石燃料である液体上の原油や気体状の天然ガスを確保したいのかというと、中東でなく北米の地下深くにシェールガスという資源があることが分かり、そのためにパワーバランスというか米国が石油資源国というポジションを得るために推し進めてきた。私は若干このシェールガス掘削前にコンサルで関連の仕事をしたことがあったのでなおさらであった。

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道後には、お湯不足の危機を救おうとした男の物語もあります。
昭和21年に起きた昭和南海地震。
四国各地に甚大な被害をもたらしました。
このとき、温泉のお湯が一時止まってしまいます。
その後も道後は何度もお湯不足にさらされてきました。
そんな中、1人の男が立ち上がります。
塩田岩治、日本の地下資源開発のパイオニアです。
道後の固い岩盤に阻まれ、誰もが掘削を諦める中、ただ一人、新たな源泉探しに乗り出したのです。
すでに増湯の望みなしと言われたことなど、直接聞くに及んで大いに動かされるところがあった。
塩田は、固い岩盤を掘るため、独自に掘削力の強い新型ドリルを開発。
刃には、当時国内で珍しかったダイヤモンドをふんだんに使いました。
さらに、画期的な手法も編み出しました。
通常、地面に対して垂直に入れるドリル。
これを斜めにすることで、一度の掘削で水脈を掘り当てられる確率を高めたのです。
1年後、新たな源泉の掘削に成功。
危機に陥っていた湯量は、3倍にまで増加しました。
生前の塩田を知るめいの佐藤洋子さんと夫の光雄さんです。
塩田は、掘削のためには私財を投げ打つこともいとわなかったといいます。

(NHK おはよう日本より)

http://o.x0.com/m/435021

 

シェールガス開発に関する参照

http://www.jogmec.go.jp/library/recommend_library_01_000014.html

 

 

英語のhearing

今日日中、都心の路地を歩いているとビル蔭から、クロー、クローと鳥の鳴き声、姿は見えず。

はたと、日本では烏はカー、カー。でも英語で烏はcrowとスペル、これはまさに鳴き声を鳥名にしたものと気が付いた。確かに耳にしたのかcrow, crowだった。

よく耳を澄ませると、意外と英語のhearingが向上するかもとにやにやした。もしやそのカラス欧米伝来?そんなことはあるはずがない。

Glazing 5

和の世界の焼き物、釉薬を英語圏でただガラス化という単純な意味合いでしか捉えていないようなので、英語圏の陶器の状況、ゼーゲル式、言葉の使い方などを調べてみた。

やはり、きちんとゼーゲル式に基づいて各組成を計算して調合している状況のようです。下記に参考例として、写真集 flickr に出ているものが紹介されています。

http://www.flickr.com/photos/claycraft/18981798/

海外では陶芸教室(同好会)をClay(意味は粘土)Club と呼んでいます。

磁器をporcelain と呼びますが、低い温度で焼く陶器はPottery と呼ばれています。Retro Pottery は日本人はわびさびを感じる釉をかけた陶器を言うようです。俗っぽくいうと、ceramic art という言葉で同好会の方が作った作品を言っています。

英語の事例ですが、Matte Crystalline Glaze はマット結晶釉のこと、Glaze mosaic – Collectionは 種々の条件で焼いた釉薬の試験片の事を言います。モザイクという言葉が使われています。

更にネットで調べると、彼のゼーゲル先生が開発したという釉薬、花瓶(一輪ざしのようです)に辰砂のような釉をかけた作品が出ていました。非常に色彩豊かで、私も辰砂が好きです。

http://www.bridgemanart.com/asset/500244/German-School-20th-century/Vase-glaze-developed-by-Hermann-August-Seger-183?search_context=%7B%22url%22%3A%22%5C%2Fsearch%5C%2Fartist%5C%2FGerman-School-20th-century%5C%2F6164%3Fpage_num%3D16%22%2C%22num_results%22%3A1296%2C%22search_type%22%3A%22creator_assets%22%2C%22creator_id%22%3A%226164%22%2C%22item_index%22%3A977%7D

陶芸に関する英語の用語集もあり、日本の焼き物がローマ字化されて、出ています。志野焼、天目釉などなど。欧米圏には無かったようですね。

http://www.retropottery.net/p/glossary.html

こんな具合ですから、オリエンタル(中国、日本)の焼き物が世界でかなり席捲していることは確かです。日本の古い時代の釉薬はゼーゲル式が無かった時代に創作されたもので、試行錯誤があったとは思いますが、偉大な創造性の発現であったことは間違いありません。

参考ですが、信楽窯業技術試験場が公開しているゼーゲル式―重量素成自動計算サイトがあります。各素材を集めれば、御自分でマイ・ユウヤク(my you-yaku)が出来ます。

http://www.shiga-irc.go.jp/scri/tech_info/%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%AB%E5%BC%8F%E3%81%8B%E3%82%89%E6%9D%90%E6%96%99%E3%81%AE%E8%AA%BF%E5%90%88%E5%89%B2%E5%90%88%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%82%8B/

なお、Seger、glazing、 Porcelain の3ワードでGoogle検索しましたが、ヒット数が僅か15000件で、海外でも陶芸に関する情報は少ないようです。

 

イルカの訛り

イルカにも訛り(方言)が有るというニュースがでていた。

http://kaken.nii.ac.jp/pdf/2010/seika/jsps/14101/19380112seika.pdf

人も地球上であちこちに代々住み続けており、固有の文化、民族があり、それがいろいろな政争の具にもなったりしている。イルカにも、さもありなんと思った次第です。しかし、イルカは大海の中で、移動が自由でも、恐らく彼らも代々住み続けてきたテリトリーがあるはずで、イルカの戦争は大々的に聞いたことがないが、これを書き始めて、イルカや鯨の類が、ある日突然大きな群れで海の浅瀬、海岸に乗り上げて、集団自殺したようなニュースを思い出した。

動物学者の説明は地磁気や耳の方向感覚がなくなり浅瀬に来てしまったようなことである。しかし、言葉を持って、さらに訛りもあるような高等動物が、ちょっと方向感覚がおかしくなった1尾や2尾が海岸に打ち寄せられることは考えとして許しても、集団ではと考えづらい。

イルカにも訛りがあることは、生活が限定されて、各々がこれで快適だという環境を見出して群れで住んでいることの証である。裏を返せば、他の訛りをもったイルカ群はまた別の彼が心地いいと思った環境に住み続けている。そこで、考えると、こっちの方が良い餌があるとか、潮の流れがいいとか、彼らがそこでいいと思っていた環境が、一度別なところにもっと良い環境が有ることを知ってしまうと、イルカでも何をしだすか考えてみた。

そうである、人と同じ、チンパンジーでも同じ類人猿で下等な猿を襲撃して殺して食べてしまうことは多々報告されている。これは小さな戦争、襲撃である。中央集権国家があって、統制が利いて、国内では内乱がないような理想郷は人の考えるものである。

そうである。イルカも群れ同士で争い、大きな集団では戦争と言ってもいいことが起きているのかもしれない。所詮魚の形態であるから手で持つような武器はないであろう。集団同士で押し競饅頭(おしくらまんじゅう)をして、一方の群れが弱い群れを陸上に追いやれば息絶え絶え、水中に残れるものが勝者になりえるのではと考えてしまった。あの、大量のイルカや鯨の死は彼らの戦争の結末ではと”朝から”妄想してしまった。

どんな生き物でも多様性を認めて共存できたらと思いたいが、それはダーウィンの進化論で説明出来てしまうのか、出来ないのか。昨今その”多様性”という言葉が対話や議論で多く語られてはいるが、実際は受け入れられないようになってきていると感じている。

お八つ

平成24年10月16日の知り合いの方のtweet。

「六つ」というと午前の6時ころか、18時ころかが分からないので、午前は「明け六つ」で、午後は「暮れ六つ」と言った。室町ころから日の出から日の入りを6等分する不定時法が定着した。ひるの「八つ」はだいたい14時ころで、その頃間食をしたので「おやつ」というのだそうだ。

https://twitter.com/sabo0509

今風にいうと“おやつ”は大体午後3時ごろに、腹が減って来た頃に口にする、お菓子みたいな食べ物のこと。

横浜生まれで、その後神奈川県の中部、茅ケ崎で育った私の記憶では、友人の実家(大農家)ではおやつを“おこじゅ“と呼んでいた。それはネットなどがない昭和40年前後の頃の話。今、ネットを紐解くと、”おこじゅー“は神奈川や多摩地域の”おやつ“のことの方言と説明されている。

さて、知り合いのtweetでは旧暦の時間の分割の仕方が西洋風とは異なり、日本では不定時方法によると、昼の八つは今の午後2時ごろになるそうだが、今は定時の午後3時ごろに口にするちょっとした食べ物が“おやつ”になってしまっている。

さらに続けると、今我々は1日に三食食事を取っているが、その昔は日本も西洋も朝、夕の二食だったと聞いている。そんなことで、身体を使う仕事をしている人が殆んどだった昔はちょうど腹が減る頃に何かを食したいことになる。所謂、おやつ・間食で、恐らくそれが昼食(ランチ)となり、三食制へと変わっていたのではないかと推測出来るのである。

現代人は、朝、昼、晩と三食も食らう人種となってしまっても、さらにおやつと称して午後3時ごろ何かお菓子みたいなものをしっかり食べるようになってしまっている。昼食を食べることが本来の“おやつ“とするとそれで十分なはずである。