遠隔教育なんて昔からあったが

コロナ禍で世界中で遠隔(リモート)、オンライン教育(OL)、e-learning(以降EL)が導入されてきて、中等教育から大学を含む高等教育まで対象となり、大学生などは1年遅れで入学式に出て、初めて同級生と会った事が話題になるくらいである。しかし、わが身を振り返っても(50年前)ラジオ講座で第3外国語のフランス語を勉強したこと、受験勉強でアルファベットの最後の文字を使った〇会の郵便・紙ベースの教材・特に数学などの添削も立派な遠隔教育であった。インターネットの恩恵を受け、2013-2014年頃に今考えると初期のELのプラットフォーム導入を知り合いと検討していた時期にアップしたマイブログ記事を読み直す機会があった。

題 成人教育向けELの鍵(こつ) 2013/12/29:
これまで、K-12の義務教育やedXの様な大学高等教育にELを上手く活用し、教育機会を提供したり、高額な大学の月謝などの費用を軽減できる一つとして、議論されてきた。今回、Kirsty Chadwickさんは生涯教育というより、企業社員教育としてのELの役割について幾つか言及している。プログラムやツール・プラットフォームの出来やデザインではなく、教育を受ける大人の気構え、意識と言ったところでしょうか。モチベーションを第1番に指摘し、スキルを身に付けさせるというのではなく、会社は君、社員を必要としている、会社は社員に係っているのだという事を如何に説明するかだという。第2番には、研修を受けなさいという指示ではなく、知識や経験に優れた大人は、ある分野での知識や専門性を前もって評価して、もしギャップがあるならば、それを埋めようという経験を尊重することだという。第3には自分で方向性を見出させる事、第4には受け身的に講義を受けるのではなく、相互的に(Interactive)教育プロセスに参加しているのだという十分な満足感を得る雰囲気作りがポイントだという。

題 ハーバードが同窓生、卒業生向けEL 2014/02/15:
ハーバード大が現役の学生でなく、卒業生・同窓生向けにEL のコースを3月から提供するという。
名称はHarvardX for Alumni だそうだ。ハーバードを卒業した立派な大人に、何が不足でどんなELのコースを提供するのだろうかと少し案じたが、このコースは卒業生専用でフルコースではないようで、教授と再交流出来る意味合いが強く、それ以上に同窓生の絆を強め、卒業生の資産を高める所にこの新しい取り組みの価値を見出したい意図があるそうだ。

題 意外なオンラインEL受講者像  2014/02/23:
知っておいたら今年2014年はワクワクするかも。
①平均年齢が34歳、②82%が大卒以下の学歴、③81%が社会人として仕事についている、④世界のFortune500社に入る企業の40%以上が研修ツールとして採用している、⑤オンライン教育を採用している企業は50%以上の生産性を向上させる可能性を秘めている、⑥その様な企業が研修に費やしている経費1ドル毎に30ドルに値する生産性を生みだしている、⑦人事管理者への調査では離職者の最大の理由として研修が不充分であるとしているのは12%、⑧社員へ最良のELとOJTを提供している企業は社員1人当り26%以上の売上増を生みだしている、⑨2011年には世界でELの自主学習に3兆5000億円が投入されたが、現在では5兆5000億円、さらに2015年には2倍になる、⑩企業の72%がELは業界での変革に対応出来るように最新な状態に居られるように助かっているし、ニッチな市場で優位性を維持できると述べている、⑪教育・研修志向文化を持つ企業はそうでない企業よりも市場で優れている、⑫内訳として34%以上の企業で顧客のニーズにもっと対応したい、⑬46%以上は業界でリーダ役を果したい、⑭17%以上が市場のトップシェアを獲得したいと考えている。

題 卒業生向けHarvardXの続報  2014/02/26:
2014年3月22日から、ハーバード大の卒業生向けELコースで7つの講座が準備されスタートするそうだ。それら7つの講座はどのような過程で選抜されたのか分らないが、米国人としての関心の高まりなのか、どの国、文化圏に居住している人達にも興味ありそうな内容である。
 アメリカの詩歌
 古代ギリシャの英雄
 コンピュータサイエンス
 中国の歴史
 神経科学
 アイシュタインによる革命
 有形資産(これは直訳、歴史的遺物・貴重品)など
2週間毎のコース、又はハーバードクラブか別の場所に集合して行う。サンプル講座はedXプラットフォームに出ているという。

以上は7年位前の古き時代の話ではなく、今でも初期のわくわく感が満ちている。手法的には教師なし反転教育の追及、単に大教室での教授の講義をビデオにしたままのものは効果的でなく、私の企業教育での実体験ではロールプレー方式で自らが相手に分かってもらおうとするプレゼンテーションを行う事や、結論結果を先に示し補足と説明を加える簡単なやり方、文字は少なく画像、映像をうまく利用すると非常に効果的で90%の有効性があり、単に資料を読んだり見たりしただけでは10%しか理解されないそうだ。その差は歴然としている。

垣間見るデジタルマーケティング

 五月二日の深夜番組、英語のブラシュアップの為に観ている米国CNBCの番組で最新のIT技術を適応させたデジタルマーケティング(DM)について議論していた。簡単にいうとDMを上手く適応させて消費者に特定商品をもっと使ってもらおうと策を練っている企業の責任者と、ネット通販で色々な商品を購入経験のある消費者を代弁している方、あとは番組のコーディネーター役の方が登壇している。
 米国の有名企業のDM信奉者と消費者を代弁しているようの見える通販経験者との話が嚙み合わない。どこが嚙み合わないのか、DM信奉者はインターネット、モバイル機器、アプリの技術論のみにフォーカスしている。広告の始めの10秒プラス幾らかの時間は視聴率のカウントをしないでほぼ全部をみてくれた広告の後の方の時間で視聴率をカウントするとか、消費者の通販購入履歴データや未購入品をネット検索したデータを基にネット視聴中の画面に広告を入れ込む細工をするとか、消費者が持ち歩いているスマフォが有名コヒー店の前を通り過ぎようとすると、コーヒー如何ですかみたいな瞬時広告をするとかの話しを早口の英語で喋り捲し立てている。消費者を代弁しているネット通販経験者は、どちらかというとDMの恩恵は受けているとは思うのだが、感情論が中心で、本当に視聴率なんか正しいのか、皆さんも経験あると思うが、インターネットの画面に固定的で広い面積に、もう買ってしまったので購入しない商品の宣伝広告が表示され、本当に見たい、検索したい事のスペースが狭くなってしまうことへの不満、さらに私は○○の商品はネットで調べるだけで購入は店舗だ、みたいなことを言い合っている。
  昨年からのコロナ禍でリモートワーク、オンライン学習・会議、ひいてはライフスタイルを変革しようと世界中で叫ばれ、実行され始め、業績を実際に伸ばし、利益を確保出来ている企業は所謂、ネット通販を含むインターネットサービス提供企業とネットワーク機器とデータセンター・クラウドインフラ投資をしている企業で、殆どが欧米系の企業である。
 ちょうどこのCNBCの番組の前日の五月一日に私が経験したことは、知らずのうちにDMの事業戦略に取り込まれているというか、言葉は悪いがDMの”餌食”になってしまうのかと思わせるくらいのものだった。
 家庭で印刷できる名刺や各種分類表示出来るカード、接着剤付きラベルなどを販売しているA社という企業がウェブ上で無料公開している印刷ソフトサービスを久しぶりに利用しようとした。ユーザが名刺を作成したい時、A4サイズで十枚名刺をプリントできる用紙を先ず購入する。そして、インターネットのサイトを検索して、提供されているソフトのページを探す。そこに行くと自分のパソコンにダウンロードしますか? クラウド上で利用しますか?と問われ、今windows10版が利用できますと諭され、私はクラウドの方を選択した。あとは以前利用したことがあるので、縦横書きの文字選択や写真を含む図形作成やダウンロードで対応して行こうと思っていた。

  これも元々DMの一環
  自分のアカウントを登録でき、ログイン可能だが私は未登録で利用

久しぶりに使おうとして遭遇したこと
  以前あった用紙選択の機能がない  
  手元の購入した用紙に記載の5桁の番号を入力する方式へ
  私は他社のA4版で一般的でない十二枚ラベル印刷できる用紙を用意していた
  類似の十二枚用のA社の用紙番号を前もってネットで調べる必要があった
  日本語用文字フォントが少ないことに気が付いた
  親会社が米系外資企業

ソフトの使い勝手
  以前とほぼ同様、作成ファイルの保存が以前はアプリの名称フォルダー自動生成されたが、
  新サービスアプリではwindows10のダウンロードフォルダーへクラウドから落ちる

 DMと広告費用だが、以前コンサルの仕事で調査したとき、世界一の多国籍インタ―ネットサービス企業が得る広告収入は日本国内の企業が出費する広告費用とほぼ同じ金額であった。ユーザがあるサイトへ動画を提供し、多くの視聴者が「いいね」みたいな好意・賛同を示すと多くの視聴者の心を動かした影響力のある動画を提供したユーザはある規模のリターン・収益を、そのサイト運営者から得る仕組みが出来ている。短絡的にはサイト運営者に広告料を支払った企業が負担するのである。しかし、広告は商品を沢山消費者に購入してもらうための具であり、結局は消費者が負担しているのだ。

911と割り箸袋


最近(平成31年3月)、部屋を片付けていると、ある店の割り箸袋が出てきた。そこには店の場所を示す手書きのメモが見える。よく見ると米国NYマンハッタンにある和食店のものだ。それを見て“さーと”記憶が蘇ってきた。それは大事故・大事件が起きてから9年も経って書いた次の様なブログで、是非お読み頂きたい。

マイブログより 2010年9月12日

私がわざわざ、2001年の9月11日(米国時間朝)に貿易センタービルに時間をおいて2機の飛行機が突っ込んだ忌まわしい事件について詮索することは出来ないし、そんな詳しい話も知らない。ただこんな離れた日本人でも少しは影響があったことを書き留めておきたい。

その911事件の約1年前、私はちょうどNYCのマンハッタンを訪れ、市内のホテルの1室で当時勤めていた外資企業の仕事で本社の連中、日本企業の方との会議に同席していた。会議も終わり、参加していたメンバーがそれぞれNYを離れ、私一人だけが翌日移動するフライトのスケジュールに合わせて、連泊をする事になった。

2000年ごろにはNY市も当時の市長の努力のおかげで治安も回復しつつあり、私は会議後、夕飯にありつく為にマンハッタンの通りを一人でうろうろしていた。夜の時間も進み、日本人らしきアジア人数人のグループが20-30m前を行っていた。そこで、勘だか、おそらくその日本人らしき連中も腹をすかして、NYCでもしや和食屋を目指しているのではないかとおもい、なんとなく後を追った。やはり、正解で大通りから路地に入り、薄暗い道を進むと活けすを備えた和食屋へたどり着いた。当然、私は予約なしで飛び込む形で一人和食を味会う機会を得たのである。<そこで味わった和食に添えられた割り箸の袋が2019年3月という最近に見つかったのである。> そんな風にNYCの暗い夜道をのんびり歩けるくらいに治安が回復してきたのだと実感した次第であった。

さて、その和食屋での出来事(昔し岩国基地に勤務していたという米国人老夫婦の話し)もあるが、それは割愛して、1年後に迫った2001年9月11日日本時間夕刻、私の部下が米国へ向けてお客さんとの会議がある為に成田から出国した話をしたい。当時、台風が来ており鉄道などの交通の便が非常に悪い中、部下は乗り継ぎ、最後はタクシーで空港へたどり着き、やっとのことで米国便へ搭乗した。

私がその夜帰宅し、TVを観るとCNNがちょうど2機目がビルへ突っ込む様子を放映していた時間であった。始め、あんなマンハッタン上空へ大型ジェット機がうろうろするのは故障でコントロールを失った状況へ陥ったのかと思ったくらいである。そんな混乱している状況で、国際フライトでアメリカへ入国着陸しようとしているものは近場へ緊急着陸させられたというニュースがTVを駆け巡っていた。

もちろん部下の乗ったフライトもどこかへ強制着陸させられたようだが、その実態が日本時間の翌日になっても解らなかった。日本の航空会社はxx便はどこへ着陸し、xxのホテルに向かっているとか、宿泊中だとかの情報が出始めたが、米国航空会社のフライトではそんな情報は得られなかった状況であった。数日して本人から、xxへ移動させられ、xxホテルにいますと言う連絡があった時はホットしたと同時に、御家族の方が心配されていたのにどうにも出来なかった事が歯がゆく、申し訳ないと率直に思った次第である。

911と全然関係なさそうな私であったか、今お話しした程度の影響に済んだ。幸いにも、アメリカ本社の友人、知り合いでその911の惨劇に巻き込まれたということにもならなかった。そんな、9年も経とうとしていた最中、最近本当に御近所でお店をしている方と話す機会があり、”私の日本人の友達(夫婦で貿易センタービルのかなり上の階でレストランをやっていた方)が911に巻き込まれて亡くなったんです。”ということを知った。

異文化、異なる宗教を信奉し、異なった民族が移民ということで集まった国を新たに形成し、営まれているアメリカは人類の新しい実験をしているかのごとく、従来型の単文化、単民族が営む比較的小さな国とは違って、目に見えない対立が表層化し、あちこちで毎日紛争の様なニュースが駆け巡っている。是非とも、日本がこのようなダイナミックに浮き沈みしている世界の状況を理解し、自らの立ち位置を確認してみたらと想う。

2010年9月12日記す

追記2019年3月28日

最近のフォトニクスと見えない日本

久しぶりに、米国OIDAのサイトを覗いた(閲覧した)。

そこで米国国家プロジェクト、NPI  National Photonics Initiativesの活動が紹介されていた。

ほぼ1年遅れで見ることになったのだが、2017年の後半に2018年のフォトニクスを予想するみたいな記事(動向)があって、精査した。2018年の実績、成果と言ってもいい、Lidar, VCSEL, Additive Manufacturing, Basic research: Make America great again? 等々が取り上げられていた。

Lidar 技術はもともと大気汚染を監視する為に開発されたという。それが車の自動運転のためのセンサーとし脚光を浴びることになった。

VCSELは通信用だけでなく、上のLidarの光源、アップルの携帯端末の搭載される3Dセンサー向けに膨大な数(従来の10倍)のVCSEL半導体チップが必要であること、米国の大手メーカ2社の名前(L社、F社)が示されていて、日本の企業は蚊帳の外である。

Additive manufacturingにはガスレーザではなく、高強度狭短パルスファイバーレーザが必要で、業界のメーカが買収などを通じて、大手は市場の40%を抑えているという。

Basic researchのセグメントでは、量子暗号化通信や人工知能AIへ米国だけでなく、中国、欧州が巨額の開発投資をしているとあり、日本の引用などは無かった。

最近思うこと 人工知能 AI(Artificial Intelligence)

AIの一人歩きが目立つ。AIはあたかも万能がごとく崇拝の的となっている。ちょっと知っているエンジニアは特定型AIと汎用型AIがあって、それらがどのように区別されているかは理解しているはずである。その先は人工知能の中身の仕組みや、どのようなデータを必要とするか、出来るだけ速く演算させるための半導体チップ開発などがあるが、普通に暮らす人達には難解すぎるので、ここでは深入りしない。

wiki; 特定型AI, 汎用型AI

よく考えると、もはや答えや結果を出すプロセスは人が追いつかないという。しかし、出て来た答え(本当は複数ある中の、ただアドバイスとして参考にすべき程度のものかもしれない)を信奉し、どんどん進んでしまう。例としてAIが出て来たら無くなってしまう職業、それで何万人が失職すると平気でいう。逆にAIが出てきても無くならない職、こんな技能を有する人材は大丈夫だという議論をしている。振り返るとなにもAIがなくとも歴史的に不要となった職、継続される職、また新たに必要となって、今流にいうとイノベーションで生まれる職もあった。産業革命でエネルギーやエレクトロニクス化が進み、更にIT化では産業の規模拡大で所得増大と雇用拡大が計られ、経済縮小へとはなっていない。

日本では少子高齢化で人手不足と騒いでいるが、本当はそうでないと私は見る。数字的には人材の適材適所が出来ていないことを原因とする非効率化、業務の効率化や分散化をすべきで、インセンティブとしては年功序列ではない経験度やサラリーのアップを検討すべきである。

2018年3月(就職活動が解禁):最近のネット記事で紹介されていたが、就職試験の面接のAI化が試みられたそうである。IBMのワトソン(言語、会話解析)が裏にあってソフトバンクの推進する人型ロボット、ペッパー君(カメラセンサーが取り付けられ学生のしぐさや表情がとらえられている)が面接官だそうで、先ず質問に学生が答えるとせっかちに次々と質問をしてくるそうで、その際の流れで、50-60件の質問で終わる学生、100件以上の質問をされたケースもあるそうで、その“面接”時間は1時間半にも及ぶこともあるという。結構ロボット面接官と対峙して疲労困憊だったそうである。面接のAI化で何が効率化して、何が良かったのか、何が課題として残ったのか分からないが、この程度では人事の面接官の一時的代役は出来ても人事の社員はまだ無くならない。

さて、AIも勝ち負けで結果が出るゲームの世界では様相が一変する。囲碁、将棋、チェスなどは先ずAIの方がxx級、x段の力量があると示され、それを人が打ちのめすと、俺は将棋が初段であるというような自慢話は、初期の頃の話でAIとは言わずに、コンピュータxxとかゲームのソフト化と言っていた。現在では将棋6段・中学生の藤井君が颯爽と出てきて、皆さんプロの棋士はAI将棋で勉強、研究しているそうで、藤井君の相手の棋士が打った手に対してAIはこうする、しかし藤井君は時には予想もしない手で攻めて来ることもあると解説されていた。プロを打ち負かすAIロボットをデビューさせることが目標となってしまった。本来ならは脳の中の思考回路とか無意識・意識的判断をなぜしたかというような分析解析的議論へ進んで欲しいところだが。

AIが出てきたら、こんな新しい事が出来る、今まで無かった新しい職が生まれるというポジティブな意識になった方が良く、無くなる職の心配をするネガティブな意識は捨てた方がいい。

付け足しだが、AI、人工知能の著書やブログを漁ると #ニーチェ まで来てしまう。AIが発達すると人は労働をしなくなる。ニーチェの” #超人 ”に対する” #末人 ”は以下こう書かれている。

ニーチェの末人:愛もあこがれも創造も知らず、健康に気を配り、労働も慰(なぐさ)みの程度に必要とし、平等で貧しくも富んでもおらず、わずらわしいことはすべて避ける。安楽を唯一の価値とする人間たち。ひょっとするとそういう人間たちが、人類の歴史が生み出す「最後の人間」なのかもしれない。

物々交換と信用意識改革

平成29年3月18日昼間、中央区常磐橋近くの日銀貨幣博物館(正式名、日本銀行金融研究所貨幣博物館)を見学する機会があった。

たかが種々の金属を用いた銭作りや紙に印刷した紙幣作りのまとめかと浅はかな思い込みは全くの的外れだった。

古代は口にできる食品や生活するのに必要な物資の方が価値が高く、物々交換の慣習に貨幣を如何に流通させるかの意識改革が必要だったことが分かった。その為に当時の国家や大手商人の裏打ちがされた(信用という無形の価値を相互に受け入れる)貨幣という位置づけだった。

古代の租税の支払いは物資であることが多かったが、重たい物資を奈良の都へ運ぶ、流通改革も貨幣の代替で行われており、手形の習慣も生まれてきた。

古代の日本では銅資源が限られており貴重で、銅銭が使われた。そのうちにもっと貴重な金銀が登場するが、それには深入りしない。粗悪品は鐚銭(びたせん)と言われ、この博物館の情報ではないが鉄で作られ銅銭の十分の1の価値だったという。

古代の日本は国内で銅資源開発を進めるより、中国から銅銭を輸入したほうが安上がりで、中世までそれらが流通した。輸入されたという事は他の特産品が日本から輸出されていったということで、国際貿易が発達した。

通貨の単位は銅銭の重さ、一貫とかが使われた。また、8世紀ごろでも融資(借金)制度があり、月利が15%で現在と比べると違法金貸しより、もっと高かったが、比較的短期間に返済されている記録が残っている。その後、禄高などがお米の量、石で基準化されて、貨幣の仮想的価値の受け入れには、それなりの年月が必要だったことを認識した。

見学した際には古くからの江戸の桜の花見のスポットが浮世絵で紹介されており、屈強な感じを和らげていた。予想以上に見学者(海外からのツアー客も含め)が多かったです。

https://www.imes.boj.or.jp/cm/

 

道後温泉と最新掘削技術

松山の道後温泉、古くは万葉集にも熟田津の、、、とうたわれていることもご存じで、最近改修の工事で話題となっている。

平成29年2月12日朝、NHKのおはよう日本の番組を観ていたところ、おやっとするというより日本の先端技術は温泉掘削にありという驚愕の事実を知った。

結論を先に説明すると塩田岩治氏が昭和21年(西暦1946年)の南海大地震で枯れてしまった道後温泉の泉源を深く掘れる当時貴重だったダイヤモンドを取り付けたドリルと斜めに掘削する技術を応用して新たな泉源を見つけたという話である。(参照を文末に示す)

地球上の石油資源が枯渇すると言うながら、次々と埋蔵田がみつかり、バレル当りの価格も100ドルを越えて、掘削経費にも巨大な投資が行われている。最先端の石油掘削技術を有するGEの様なグローバル企業はもちろん、最新のダイヤモンド掘削ドリル、高温度や歪をセンシング出来る光ファイバーが挿入されているパイプケーブルを使い、既に塩田氏が試みた斜め掘りや深部に行ってから水平掘りを行っている。

なぜこのようなことまでして(技術開発と巨大投資)、化石燃料である液体上の原油や気体状の天然ガスを確保したいのかというと、中東でなく北米の地下深くにシェールガスという資源があることが分かり、そのためにパワーバランスというか米国が石油資源国というポジションを得るために推し進めてきた。私は若干このシェールガス掘削前にコンサルで関連の仕事をしたことがあったのでなおさらであった。

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道後には、お湯不足の危機を救おうとした男の物語もあります。
昭和21年に起きた昭和南海地震。
四国各地に甚大な被害をもたらしました。
このとき、温泉のお湯が一時止まってしまいます。
その後も道後は何度もお湯不足にさらされてきました。
そんな中、1人の男が立ち上がります。
塩田岩治、日本の地下資源開発のパイオニアです。
道後の固い岩盤に阻まれ、誰もが掘削を諦める中、ただ一人、新たな源泉探しに乗り出したのです。
すでに増湯の望みなしと言われたことなど、直接聞くに及んで大いに動かされるところがあった。
塩田は、固い岩盤を掘るため、独自に掘削力の強い新型ドリルを開発。
刃には、当時国内で珍しかったダイヤモンドをふんだんに使いました。
さらに、画期的な手法も編み出しました。
通常、地面に対して垂直に入れるドリル。
これを斜めにすることで、一度の掘削で水脈を掘り当てられる確率を高めたのです。
1年後、新たな源泉の掘削に成功。
危機に陥っていた湯量は、3倍にまで増加しました。
生前の塩田を知るめいの佐藤洋子さんと夫の光雄さんです。
塩田は、掘削のためには私財を投げ打つこともいとわなかったといいます。

(NHK おはよう日本より)

http://o.x0.com/m/435021

 

シェールガス開発に関する参照

http://www.jogmec.go.jp/library/recommend_library_01_000014.html

 

 

強みの定量化

バックアップ用の古いフォルダーの中に13年前に作成した資料を見つけた。当時某省庁の私的勉強会向けに作成したものだった。簡単にいうと日本経済の強み、企業の強み、団体の強み、ひいては個人個人の強みを一気に定量化できないか、定量化しようという気持ちだった。

先ず、強みの要素を3つ取り上げ、これらを軸として定量化し様とする流れで資料を作った(当時)。(創る)ビジョンの数、行動の早さ、それから継続性の3つの要素を3軸として、可視化できるようなものだった。

今では、innovation, speed, sustainability という英語表記の方が受け入れやすそうだ。注意点としては結果として強くなった状況と”強み”は異なったもので分ける必要があることだ。また、強みとなりそうな背景、環境等のお国性、民族性、文化は2次的要因として考え、これらの環境要因は常に変動し固定的なものではないことを指摘していた。

本意は当時、日本の諸問題・課題を解決するための科学技術政策を考えて行こうとするものであった。現在でも課題は変わらないが、2次的要因(財政状況、少子高齢化、所得が成長していないなど)は大きく変動していることに留意しなければいけない。そのような資料の中で、自分では忘れていたが米国半導体大手企業の経営者が以下のようなコメントをされていたのを引用していた。

“I am constantly challenged to match with the best of Japanese competitors and the best of customers.” by Intel Executive Manager. (2013 July 30、NHK 3ch)

”日本で、最良のお客様と最良の競争相手に恵まれて、常に期待に応えられるよう挑戦して来た。”という意味合いだが、これはベンチマーキングや顧客の大切さを示している。

今後も改訂版強みの定量化に取り組んでいきたい。

 

問い形式の講演会

昨日<平成27年>6月15日、官公庁系外郭団体主催の講演会に参加した。主題テーマはさて置き、講師の方の話の進め方が非常に印象的だったので、皆様と共有させて頂きたい。
普通は講師の方が主題テーマについて解説的に説明してくれるのだが、その際に主題テーマ分野に詳しい方が主に参加されている会なのか、それとも一般の方が主であまり知見がないのを前提に、解りやすく教えてくれる会なのか、どちらであろうかと気が先に行ってしまう。今回の私の立場は後者の一般で知見はあまり持ち合わせていない参加者の部類となる。こんな、話をされる前からの詮索、心配はいっぺんにすっ飛んでしまった。

話の章立ては別として10を超える質問・問い形式にまとめられていて、その知りたいという問い(聴講者の立場で仮想的に問いを作成)に答えてくれる形式(講師が答える)で、講演を進めて行こうという前提で配布資料も作成されていた。従って、普通だと講演が終了し質疑の時間に入るのだが、昨日はその質疑の質問は大方回答が済んでしまっていた。そこで、本当の質疑になったのだが、賢い聴講者もいるもので、最後の質問は講演者も本当に知りたいという内容の質問で、その答えは小手先や熟考しても回答できないもので、少し長い時間の議論になってしまった。

(参考)
問いがあって、その回答が完璧なまで準備できるケースは既存の従来技術を中心とする理系のケースでは可能だが、未知への課題、イノベーションはそう容易には答えが無い。それでいいのであって、喧々諤々議論する価値がある。
また、社会的、政策的に混沌とした状況、情勢に関する問いなどは全てを満足、納得させることは出来ない。そこで、結論を急ぐと集団、組織、議会などでは多数決を取って、これを善しとしようとする。このような際に多数決を取っても、最善、最良であることは稀である。

久しぶりの体感

こうやってコンサルタントの仕事を続け、10年が経ってしまった。

顧客の依頼を忠実にこなし、支援する事は誰でもが解っているが、具体的にどうやってソリューションを提供すれば、満足して頂けるか、自分でも達成感を得て、次の案件に進もうという意欲、インセンティブを持ち続けるための経験を最近した。

これは誰でもがしていることだが、業界の展示会に参加してみて、還暦を過ぎた身でも常に新しいことを勉強し、吸収し続けること 1)、ただの勉強でなく、時間が進むと歳をとるのではなく、古い捨てることが出来るものは捨て、新しいライフスタイルを得ること 2)、そのような経験、体験を出来るだけ多く見つけること 3)。

さしずめ、生涯教育という言葉もあるが、一生涯とはやや嫌いな言葉。最近の流行の言葉で表すると持続可能な勉強という事になるだろう。 <sustainable>が持続可能と和訳されてるが。

6月10日から始まった都内からちょっと遠い、しかし、メトロや京葉線を乗りつぐと速い、幕張メッセのInterop 2015へ行ってきた。久しぶりの体感とは、IT業界企業の関係者、社員は若い。現場も盛り上がり熱気を感じた。それより、10年前までは考えられなかった技術、システム、装置が実用に供されていたことである。重厚長大、軽薄短小とよく言われるが、絶対的で完璧な目標は誰に分かるであろうか?、そこにとらわれず、その場その場で最適と思われるソリューションで対応していけば宜しいのではないだろうか。

余談、プラレールは子供が喜んで遊んだが、最新のリニア―トレインの模型は大人が喜んで遊びたいとワクワクさせるもの。こんな新しいライフスタイルの仕組みを目指す気持ちを持ちたい。