20年前のノート

四月一日、年度末の仕事や確定申告も済んだので、書類をまとめ書棚のだいたい決めた場所に差し込んでいたら、上から四段目の一番右端で普段は物陰になって何が差し込んであるのか分からないところにあったノートを取り出すと、二十年前の2001年が書き初めで、サラリーマンを早期退職する2004年の年末の直前までに、私が仕事上や普段の事で、気になった事や将来に向けた少し科学的な構想を手書きでメモした汚い自分のペン字が見えた。

恐らく、皆さんと同じく初めの一頁目は綺麗な字で書き始めて、そのうち、自分で書いた字を判読するのに難儀するようなページが続いた。おかしなもので、書いたページが時系列になっておらず、長い空白のページが途中に居座っている所などあり、今日の令和三年四月一日エイプリルフールの日にこのノートを見つけたと差し込みたい位である。

書き方は、日付とメモのタイトルで、幾つか気になったものを列挙する形式で、箇条書きや少しまとまった文章で書いたものが混在しており、その時々の頭の中の思考形態を反映していたかもしれない。次に全部ではないが、それらを示す。

  • 大学時代、研究室で指導を受けた助手の方(年代的には既に某国立大の教授)の科学的自論
  • 法隆寺の五重塔の心柱と各層の組み合わせの耐震構造(壊れない程度にずれる歪む)と自分のコメント
  • 消費・インフラ分析と各利用製品の耐用年数
  • 学会で講演会を聴講したまとめたメモ(業務上であり詳細は省く)
  • JRの列車乗車中にメモしたと注意書きのある、図解の古代、百済、新羅、高句麗出自の日本列島への移民となぜ、東国からわざわざ遠路西国の警備に防人があてられたのか
  • サラリーマン時代にコンサル講座を受けた関連の講演会メモやコンサル研修仲間との談話
  • 自分で考えた将来へ向けた安定健全な投資行動について(低金利時代に入るので高配当株がいいとか)
  • セラミックスの破壊モデルに基づく地震予知(破壊初期時にピエゾ電気効果と超音波が発生する)
  • 2001年に書き留めたこれからのIT時代に向かう姿勢(トラフィックが一万倍になる年数とか)
  • 当時の仕事に関係した通信ネットワークや光海底ケーブルについて
  • 自分のブログのネタ記事(複数ある)
  • 今後の労働環境と日本の強み向上(人材育成が重要)
  • 地元東京北区瀧野川地域、主に神社仏閣を探索した際のメモ(当時まだデジカメの性能が低かった)

それらの中で、2003年に東北大で開催された情報通信関係の学会の個別専門分野の学会講演発表の詳しいメモに交じって、当時普通の学部卒で若くして前年2002年のノーベル化学賞を受賞された民間企業の田中耕一氏(会場の東北大学工学部ご出身)の特別講演(三月十三日)のメモ書きもkey words と付記され、赤字で綺麗に残っていた。以下、具体的に私がメモったものをそのまま紹介する。

☆細かな技術論は別にして
  新鮮さの維持が大切     
  時にはテーマ・仕事を変えよう    
・門外漢の新鮮さ    
・過去に取らわれない、既成事実にそくばくされない  
 0を 1にする発明、努力
 1 ~を100、1000に改良、改善する努力

定かでないのだが、これら赤字のメモは田中さんが話された言葉そのものだったのか、仰った内容を私が咀嚼したものだったのか?やはりノーベル賞研究者の苦しみが分かるのは、何と言っても0を1にする発明発見であろう。1を100にする努力と比べてもその比は無限に大なるものである。(注;当時外資系企業勤務で英語ばかりで日本語力が落ち、下線を付したように誤字や平仮名のままの部分があった) 

私は日記を書かないが頭の片隅には覚えておく癖をつけている。最近では齢のせいか備忘録としてパソコンのエクセルファイルに地域活動の支援メモを何かを行った日だけ残している。それだけでも非常に助かっている。複数の人達と運営している活動では、文書化していないものも多く、誰が決めたのか、俺は知らない・聞いていないということも多く、幸い大きなトラブルに至った事はなかった。

20年前のノートのように身近に隠れていそうな玉手箱を探されては如何でしょうか。

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