本来であれば、昨年の十一月頃に呟こうと思っていた。それがずるずると今日令和七年一月二十三日まで延びてしまった。
その理由は一月二十日に行われた米国大統領の意思表明であった本来であれば、昨年の十一月頃に呟こうと思っていた。それがずるずると今日令和七年一月二十三日まで延びてしまった。その理由は一月二十日に行われた米国大統領の意思表明であった。
もし私ごときのつまらない呟きが、多くの憶測に基いた不確かな情報とも言えない話で、近い将来こんなバラ色に包まれた様な事になるのではないかという、一抹の不安があったことや二
三の些細な優先させたいと事があって、今日になってしまったというのが本当である。
もうコンサルタントをしていると、嘘八百とは言わないが、結構推定・予測・統計データに基づいて作成したモデルとか将来像を自分の真念と業界の一般的にはという他人にすがるような常套手段でお茶を濁ス様な事も多い。
民主主義とは
立候補者の要件について、私なりに以前提案させて頂いていた。
Democracy vs Republican という構図になった昨年の米国大統領選の結果で、私なりに勉強になったことは多数決とかの手法でない、米国の富裕層と労働者層の歴然とした対立の構造になっている事。
国内では、急遽行われた衆議院議員選挙の結果、選挙前の与党勢力が少数与党(I首相率いる)へ陥落。兵庫県知事選の結果、S知事が再選されて、SNSが候補者の公約や政策の浸透のという面で若者へのアピール効果が高いことを示し、このSNSの効果は昨年の夏前の都知事選で既に相当な力になることも分かっていた。これは民主主義の政策・広報と言う面で、所謂ニセ情報の発信をいかに防ぐかという課題(有権者の行動等の要件)を突き付けた。
ここでもう一度、民主主義とは、、、について纏めると立候補者の要件・選挙中の広報手段・有権者の要件の三点に十分に注意して議論しなければならないことが解る。
米国大統領選挙結果が判明した後、さらに関心の高まりにより、T大統領の宣言まで聴いて確かめた後になってしまった。米国の要求が米国の有権者のみならず、非常に明確で、世界の一般の人が分る言葉で表現されていたことであった。
国内でも、最終的に腑に落ちて、納得した事は有権者、全ての団体が暮らしを良くしたい、特に法人税や個人の所得税減税を望み、国内ではこれまで高齢者向けのインセンティブを優先的に諸策の検討をしていた流れを少子化対策へと変えて、予算のある、金のある地方自治体が、子供医療費、給食費、義務教育でない高等学校の授業料無償化、さらに大学授業料の無償化まで要求が拡大し、そのための予算枠を確保出来るのか否かの議論に落ちてしまっているように見える。
我々のような七十歳を超えた高齢者は振り返ると昭和二十八年生れが境であった。戦後のベビーブーム・昭和二十二年生より少し後の世代の話をしてみる。先ず、義務教育で必要な教科書は有償であった。それが、昭和二十九年生れの世代からは無償になった。私の世代は給食も小学校まで、東京のような大都市では給食は中学校まで、勿論給食費は必要だった。大学入学時に国立大学の授業料を3倍にする法案が通り、3倍になった。この大変化は当時の政局をストップさせ、予算が可決したのはズレ込み4月に入ってからで、3月下旬の国立大学の手つづきでは旧来の授業料や入学金を納めて終わった。が、もう一つ、大学入学時の授業料が従来だと4年後の卒業時まで続くのであるが、昭和四十七年の特例で、4月に入って可決した3倍もの授業料を後期から納めろということだった。
さて、国内も米国も有権者の要求は本当に自分の暮らし向きをただ良くしてくれそうな立候補者を選ぶことのみに集中し、本来は政治(祭りごと、国を治める)であって、国民主義・基本的人権の尊重・平和主義(国の安全/国防)というの憲法に規定された主意を維持するための、法律(簡単に言うと人として生きていくためのルール策定・周知・施行・ルールを犯した場合に対する処置)などを規定する三権分立の立法を、掌らなければならない。
自分の暮らし向きをよくしてくれる候補者を希望し、皆様もご理解頂けると思うが、一地方の議員さんが対処出来る課題でないことはT大統領が次々と署名していく米国大統領令の内容は日本一国でも対処できない、とても幅広いグローバルな連携と具体的な実施し得る行動的施策ばかりで、相当な経験、紙上だけの勉学ではない多国籍企業のマネージャのような実務経験や海外留学で培う人的コネクション(ふとしたことで、後になって役立つ異国の輩と知り合うこと)、さらにこの分野ならば任せてくれと言える秀でた専門性まで身に着けておきたい。
単に民主主義とはと言った事では済まされず、経済至上主義だけでもいけない、そこは焦らずに時間をかけてもいい、先ずは自分をスタート点として、皆様が全く同じ環境に居るわけでもないので、それぞれ考えて行けばいいのではないかと思った次第です。