二つの疑問;新型コロナウィルス感染率とワクチン接種

昨日、令和4年1月9日現在、東京都内の1日当たりの感染判明者は1224人、総検査数が分からないが、感染者率が10%とすると、その他90%の発熱相談者約11000人の方は新型コロナに感染していなくとも、他の何らかの発熱をもたらしたウィルス、病原菌に起因すると想定される感染症に罹患しており、コロナの9倍もの方が社会活動しているのだ。

2番目の問題として、今回のオミクロン種罹患者で2回のワクチン接種者はワクチン効果で軽症、もしくは無症状率が高いと報じられている。ということは、ワクチン2回接種者が普通の社会行動をして、自ら感染源として作用していることとなる。私はこの状態が過去に見なかった週毎の10倍以上の感染者上昇率をもたらしているのではないかと推測している。

旧型のコロナ種患者は肺に重篤な症状をもたらしたが、このオミクロン種罹患者は鼻・喉に炎症をもたらす程度で、始めの指摘の発熱相談者数に含まれないのだ。

高速・高集積度の半導体チップを搭載したイーサネットスイッチの売上が好調

令和3年12月16日リリース情報、オリジナルソースは文末のサイトを参照して下さい。

2021年第3四半期の結果がDell’Oro社より以下のように公表された。データセンター向けにイーサネットスイッチが11%も売り上げが伸びた。シスコ、アリスタ、Huaweiがトップ3社(順に)であるが、トップのシスコは数%シェアーを落としている。2番手のグループのwhite box maker のアリスタやジャニパーが伸ばしている。

グーグルとアマゾンは既に400Gbps スイッチを300万ポートもハイパースケールDCに導入済でマイクロソフトも第3四半期より導入開始するという。

Ethernet Switch Revenues Reach New High as Cisco Loses Ground – SDxCentral

Hyper scale Data Center の市場規模

最近、hyperscale DCが世界で700か所も稼働していて、約半分が北米(米国)にあるという。アジアの中国には世界の15%(数)が稼働している。昨今のDCの稼働数の伸びよりも、DCとしての機能(サービス提供や速度)はhyperscale化しており、機能・容量としての伸び・成長はさらに大きい。

主要米国の企業はAmazon,Microsoft, Google とIBMでそれぞれ60か所以上で稼働しており、機能・容量の面でいうとFacebookが加わるという。詳しくは、オリジナルを参照して下さい。

Report: Almost half of global hyperscale data center capacity resides in U.S. | Cabling Installation & Maintenance

プラズマ・Plasma

言葉は多才、複雑だなと、最近実感した事があった。翻訳の仕事をしたり、主に英語の資料を分析解釈しているコンサルの仕事をしていると、辞書のごとく英語のある言葉が日本語の特定な訳語に1:1に対応するなど稀であって、文化の多様性で腹や胸の辺りをグサッと刺されるようなある種、変に高揚する気分になる。このような言語文化の課題は時間と変遷が絡む現代日本語と古文の関係にも言え、要は理解される様に分かりやすく嚙砕いて伝えることが出来ればほっと安心する。
物を意味する言葉、形容する言葉、感情表現する言葉、抽象的思考状態などを表現する言葉へと、だんだんと文化の差が広がると言葉の表現もかけ離れて、時には日本文化にはあるが欧米文化では無いとか、その逆も多々あることを経験している。
さて、最近プラズマというカタカナ英語(外来語)が気になるのである。明治時代の文人はカタカナ読みの外来語は使わず、漢字の意味を吟味・尊重し、出来るだけ漢字2文字の「好字」スタイルに表現した努力と才力には敬服する。理系の私はプラズマと聞くとplasma state、すなわち、ものを構成している原子がバラバラになり、電子や原子核が分離してしまうような高エネルギー状態を思い浮かべてしまうのである。
というのは、最近国内メーカの商品でプラズマ乳酸菌をうたっているものがあって、その名称にプラズマというカタカナ文言を使用しているので、一体どんな乳酸菌なのか、その理由・由縁が気になったのである。その商品のメーカはラクティス・プラズマというカタカナ文言を引用して、その商品説明では、プラズマ乳酸菌は免疫細胞を取り仕切る直接プラズマ・サイトイド樹状細胞に働くとあり、プラズマ・サイトイド樹状細胞は元の英語表記は調べるとplasmacytoid dendric cell となっている。樹状細胞がdendric cellであり、plasma-cytoidをやっつければ私の気は少しは澄むだろう。医薬系の資料では 共起表現・形質細胞様の樹状細胞という専門用語が使われている。私に混乱の状態へもたらしたプラズマはプラズマ・サイトイドからきており、共起表現・形質細胞様という訳の分からない漢字で表記したものが原因であった。
しかしこれで終わりでない。訳の分からない漢字の羅列の正体を突き止めないと、私もすっきりと出来ないし、お付き合いして読んで頂いている方にも合点してすっきりとしてもらいたいのである。そもそも、英語のプラズマという文言が年代的には
1712年、ラテン語・ギリシャ語の型で作られたとか、薄く広げたという意味のplasmaを語源として形状、 かたちを示すものとされた。
1845年、血液の液状の部分、遊離細胞の血球やリンパ球などを示すとされ(生化学領域)、
1928年に物理の世界でイオン化したガスを意味するものとなったと詳しい英語の辞書に書かれて いたのである。
私は1953年生まれ、1700年代や1800年代の古い生化学の事などの知識もなく、最近の物理のプラズマ状態という極めて限られた世界の事のみを信じ、それが普遍的な事だと変な理解をしていた為にこんな顛末になってしまった。プラズマとは、血液の赤血球を除いたもはや赤色をしていない黄色味を帯びた一見一様に見える液体を当時の光学顕微鏡で見たところ、沢山密集した小さなつぶ状の物であり、人の健康や病気に関わっているという大発見をして、そういった微細な形状の密集体を意味したものなのだと納得できた。
最近、もっと悩ますnon-cognitive skill を非認知能力と和訳している分野があり、これは認知能力が低下した高齢者の認知症の事ではなく、これをノン・コグニティブ・スキルとカタカナ表記して済ませる事も出来ない。年明けの近いうちに、また呟いてみたい。

令和3年11月2日記す

遠隔教育なんて昔からあったが

コロナ禍で世界中で遠隔(リモート)、オンライン教育(OL)、e-learning(以降EL)が導入されてきて、中等教育から大学を含む高等教育まで対象となり、大学生などは1年遅れで入学式に出て、初めて同級生と会った事が話題になるくらいである。しかし、わが身を振り返っても(50年前)ラジオ講座で第3外国語のフランス語を勉強したこと、受験勉強でアルファベットの最後の文字を使った〇会の郵便・紙ベースの教材・特に数学などの添削も立派な遠隔教育であった。インターネットの恩恵を受け、2013-2014年頃に今考えると初期のELのプラットフォーム導入を知り合いと検討していた時期にアップしたマイブログ記事を読み直す機会があった。

題 成人教育向けELの鍵(こつ) 2013/12/29:
これまで、K-12の義務教育やedXの様な大学高等教育にELを上手く活用し、教育機会を提供したり、高額な大学の月謝などの費用を軽減できる一つとして、議論されてきた。今回、Kirsty Chadwickさんは生涯教育というより、企業社員教育としてのELの役割について幾つか言及している。プログラムやツール・プラットフォームの出来やデザインではなく、教育を受ける大人の気構え、意識と言ったところでしょうか。モチベーションを第1番に指摘し、スキルを身に付けさせるというのではなく、会社は君、社員を必要としている、会社は社員に係っているのだという事を如何に説明するかだという。第2番には、研修を受けなさいという指示ではなく、知識や経験に優れた大人は、ある分野での知識や専門性を前もって評価して、もしギャップがあるならば、それを埋めようという経験を尊重することだという。第3には自分で方向性を見出させる事、第4には受け身的に講義を受けるのではなく、相互的に(Interactive)教育プロセスに参加しているのだという十分な満足感を得る雰囲気作りがポイントだという。

題 ハーバードが同窓生、卒業生向けEL 2014/02/15:
ハーバード大が現役の学生でなく、卒業生・同窓生向けにEL のコースを3月から提供するという。
名称はHarvardX for Alumni だそうだ。ハーバードを卒業した立派な大人に、何が不足でどんなELのコースを提供するのだろうかと少し案じたが、このコースは卒業生専用でフルコースではないようで、教授と再交流出来る意味合いが強く、それ以上に同窓生の絆を強め、卒業生の資産を高める所にこの新しい取り組みの価値を見出したい意図があるそうだ。

題 意外なオンラインEL受講者像  2014/02/23:
知っておいたら今年2014年はワクワクするかも。
①平均年齢が34歳、②82%が大卒以下の学歴、③81%が社会人として仕事についている、④世界のFortune500社に入る企業の40%以上が研修ツールとして採用している、⑤オンライン教育を採用している企業は50%以上の生産性を向上させる可能性を秘めている、⑥その様な企業が研修に費やしている経費1ドル毎に30ドルに値する生産性を生みだしている、⑦人事管理者への調査では離職者の最大の理由として研修が不充分であるとしているのは12%、⑧社員へ最良のELとOJTを提供している企業は社員1人当り26%以上の売上増を生みだしている、⑨2011年には世界でELの自主学習に3兆5000億円が投入されたが、現在では5兆5000億円、さらに2015年には2倍になる、⑩企業の72%がELは業界での変革に対応出来るように最新な状態に居られるように助かっているし、ニッチな市場で優位性を維持できると述べている、⑪教育・研修志向文化を持つ企業はそうでない企業よりも市場で優れている、⑫内訳として34%以上の企業で顧客のニーズにもっと対応したい、⑬46%以上は業界でリーダ役を果したい、⑭17%以上が市場のトップシェアを獲得したいと考えている。

題 卒業生向けHarvardXの続報  2014/02/26:
2014年3月22日から、ハーバード大の卒業生向けELコースで7つの講座が準備されスタートするそうだ。それら7つの講座はどのような過程で選抜されたのか分らないが、米国人としての関心の高まりなのか、どの国、文化圏に居住している人達にも興味ありそうな内容である。
 アメリカの詩歌
 古代ギリシャの英雄
 コンピュータサイエンス
 中国の歴史
 神経科学
 アイシュタインによる革命
 有形資産(これは直訳、歴史的遺物・貴重品)など
2週間毎のコース、又はハーバードクラブか別の場所に集合して行う。サンプル講座はedXプラットフォームに出ているという。

以上は7年位前の古き時代の話ではなく、今でも初期のわくわく感が満ちている。手法的には教師なし反転教育の追及、単に大教室での教授の講義をビデオにしたままのものは効果的でなく、私の企業教育での実体験ではロールプレー方式で自らが相手に分かってもらおうとするプレゼンテーションを行う事や、結論結果を先に示し補足と説明を加える簡単なやり方、文字は少なく画像、映像をうまく利用すると非常に効果的で90%の有効性があり、単に資料を読んだり見たりしただけでは10%しか理解されないそうだ。その差は歴然としている。

垣間見るデジタルマーケティング

 五月二日の深夜番組、英語のブラシュアップの為に観ている米国CNBCの番組で最新のIT技術を適応させたデジタルマーケティング(DM)について議論していた。簡単にいうとDMを上手く適応させて消費者に特定商品をもっと使ってもらおうと策を練っている企業の責任者と、ネット通販で色々な商品を購入経験のある消費者を代弁している方、あとは番組のコーディネーター役の方が登壇している。
 米国の有名企業のDM信奉者と消費者を代弁しているようの見える通販経験者との話が嚙み合わない。どこが嚙み合わないのか、DM信奉者はインターネット、モバイル機器、アプリの技術論のみにフォーカスしている。広告の始めの10秒プラス幾らかの時間は視聴率のカウントをしないでほぼ全部をみてくれた広告の後の方の時間で視聴率をカウントするとか、消費者の通販購入履歴データや未購入品をネット検索したデータを基にネット視聴中の画面に広告を入れ込む細工をするとか、消費者が持ち歩いているスマフォが有名コヒー店の前を通り過ぎようとすると、コーヒー如何ですかみたいな瞬時広告をするとかの話しを早口の英語で喋り捲し立てている。消費者を代弁しているネット通販経験者は、どちらかというとDMの恩恵は受けているとは思うのだが、感情論が中心で、本当に視聴率なんか正しいのか、皆さんも経験あると思うが、インターネットの画面に固定的で広い面積に、もう買ってしまったので購入しない商品の宣伝広告が表示され、本当に見たい、検索したい事のスペースが狭くなってしまうことへの不満、さらに私は○○の商品はネットで調べるだけで購入は店舗だ、みたいなことを言い合っている。
  昨年からのコロナ禍でリモートワーク、オンライン学習・会議、ひいてはライフスタイルを変革しようと世界中で叫ばれ、実行され始め、業績を実際に伸ばし、利益を確保出来ている企業は所謂、ネット通販を含むインターネットサービス提供企業とネットワーク機器とデータセンター・クラウドインフラ投資をしている企業で、殆どが欧米系の企業である。
 ちょうどこのCNBCの番組の前日の五月一日に私が経験したことは、知らずのうちにDMの事業戦略に取り込まれているというか、言葉は悪いがDMの”餌食”になってしまうのかと思わせるくらいのものだった。
 家庭で印刷できる名刺や各種分類表示出来るカード、接着剤付きラベルなどを販売しているA社という企業がウェブ上で無料公開している印刷ソフトサービスを久しぶりに利用しようとした。ユーザが名刺を作成したい時、A4サイズで十枚名刺をプリントできる用紙を先ず購入する。そして、インターネットのサイトを検索して、提供されているソフトのページを探す。そこに行くと自分のパソコンにダウンロードしますか? クラウド上で利用しますか?と問われ、今windows10版が利用できますと諭され、私はクラウドの方を選択した。あとは以前利用したことがあるので、縦横書きの文字選択や写真を含む図形作成やダウンロードで対応して行こうと思っていた。

  これも元々DMの一環
  自分のアカウントを登録でき、ログイン可能だが私は未登録で利用

久しぶりに使おうとして遭遇したこと
  以前あった用紙選択の機能がない  
  手元の購入した用紙に記載の5桁の番号を入力する方式へ
  私は他社のA4版で一般的でない十二枚ラベル印刷できる用紙を用意していた
  類似の十二枚用のA社の用紙番号を前もってネットで調べる必要があった
  日本語用文字フォントが少ないことに気が付いた
  親会社が米系外資企業

ソフトの使い勝手
  以前とほぼ同様、作成ファイルの保存が以前はアプリの名称フォルダー自動生成されたが、
  新サービスアプリではwindows10のダウンロードフォルダーへクラウドから落ちる

 DMと広告費用だが、以前コンサルの仕事で調査したとき、世界一の多国籍インタ―ネットサービス企業が得る広告収入は日本国内の企業が出費する広告費用とほぼ同じ金額であった。ユーザがあるサイトへ動画を提供し、多くの視聴者が「いいね」みたいな好意・賛同を示すと多くの視聴者の心を動かした影響力のある動画を提供したユーザはある規模のリターン・収益を、そのサイト運営者から得る仕組みが出来ている。短絡的にはサイト運営者に広告料を支払った企業が負担するのである。しかし、広告は商品を沢山消費者に購入してもらうための具であり、結局は消費者が負担しているのだ。

20年前のノート

四月一日、年度末の仕事や確定申告も済んだので、書類をまとめ書棚のだいたい決めた場所に差し込んでいたら、上から四段目の一番右端で普段は物陰になって何が差し込んであるのか分からないところにあったノートを取り出すと、二十年前の2001年が書き初めで、サラリーマンを早期退職する2004年の年末の直前までに、私が仕事上や普段の事で、気になった事や将来に向けた少し科学的な構想を手書きでメモした汚い自分のペン字が見えた。

恐らく、皆さんと同じく初めの一頁目は綺麗な字で書き始めて、そのうち、自分で書いた字を判読するのに難儀するようなページが続いた。おかしなもので、書いたページが時系列になっておらず、長い空白のページが途中に居座っている所などあり、今日の令和三年四月一日エイプリルフールの日にこのノートを見つけたと差し込みたい位である。

書き方は、日付とメモのタイトルで、幾つか気になったものを列挙する形式で、箇条書きや少しまとまった文章で書いたものが混在しており、その時々の頭の中の思考形態を反映していたかもしれない。次に全部ではないが、それらを示す。

  • 大学時代、研究室で指導を受けた助手の方(年代的には既に某国立大の教授)の科学的自論
  • 法隆寺の五重塔の心柱と各層の組み合わせの耐震構造(壊れない程度にずれる歪む)と自分のコメント
  • 消費・インフラ分析と各利用製品の耐用年数
  • 学会で講演会を聴講したまとめたメモ(業務上であり詳細は省く)
  • JRの列車乗車中にメモしたと注意書きのある、図解の古代、百済、新羅、高句麗出自の日本列島への移民となぜ、東国からわざわざ遠路西国の警備に防人があてられたのか
  • サラリーマン時代にコンサル講座を受けた関連の講演会メモやコンサル研修仲間との談話
  • 自分で考えた将来へ向けた安定健全な投資行動について(低金利時代に入るので高配当株がいいとか)
  • セラミックスの破壊モデルに基づく地震予知(破壊初期時にピエゾ電気効果と超音波が発生する)
  • 2001年に書き留めたこれからのIT時代に向かう姿勢(トラフィックが一万倍になる年数とか)
  • 当時の仕事に関係した通信ネットワークや光海底ケーブルについて
  • 自分のブログのネタ記事(複数ある)
  • 今後の労働環境と日本の強み向上(人材育成が重要)
  • 地元東京北区瀧野川地域、主に神社仏閣を探索した際のメモ(当時まだデジカメの性能が低かった)

それらの中で、2003年に東北大で開催された情報通信関係の学会の個別専門分野の学会講演発表の詳しいメモに交じって、当時普通の学部卒で若くして前年2002年のノーベル化学賞を受賞された民間企業の田中耕一氏(会場の東北大学工学部ご出身)の特別講演(三月十三日)のメモ書きもkey words と付記され、赤字で綺麗に残っていた。以下、具体的に私がメモったものをそのまま紹介する。

☆細かな技術論は別にして
  新鮮さの維持が大切     
  時にはテーマ・仕事を変えよう    
・門外漢の新鮮さ    
・過去に取らわれない、既成事実にそくばくされない  
 0を 1にする発明、努力
 1 ~を100、1000に改良、改善する努力

定かでないのだが、これら赤字のメモは田中さんが話された言葉そのものだったのか、仰った内容を私が咀嚼したものだったのか?やはりノーベル賞研究者の苦しみが分かるのは、何と言っても0を1にする発明発見であろう。1を100にする努力と比べてもその比は無限に大なるものである。(注;当時外資系企業勤務で英語ばかりで日本語力が落ち、下線を付したように誤字や平仮名のままの部分があった) 

私は日記を書かないが頭の片隅には覚えておく癖をつけている。最近では齢のせいか備忘録としてパソコンのエクセルファイルに地域活動の支援メモを何かを行った日だけ残している。それだけでも非常に助かっている。複数の人達と運営している活動では、文書化していないものも多く、誰が決めたのか、俺は知らない・聞いていないということも多く、幸い大きなトラブルに至った事はなかった。

20年前のノートのように身近に隠れていそうな玉手箱を探されては如何でしょうか。

物の認知とCloaking

これまで私の独り言で無や空について仏教関連や数学的に素人なりに呟いた。最近、無や空に気になったことがあった。空(から)とは大きな滝があって、ごうごうと大量の水が飛沫を上げて落下している様をみて、普通はその水の向こうには山崖が窪んだ何もない空間があるようなことだとTVで説明している方がおられたのである。実際30年以上も前にナイアガラの滝のカナダ側で、観光客としてその滝の落水の内側を歩いた体験を思い出した。

そんなきっかけで、そこに物が有るか無いかの認知についてちょっと科学的に触れてみたくなった。

聞かれた事があるかも知れないが、暗闇で飛ぶコウモリは洞窟の中でぶつからずに獲物を捕えることが出来るという。これを学者が研究し発表した論文を読んだことがあるのだが、コウモリは赤外線でなく超音波を発し、高度な認知機能を持っており、その超音波も高音と低音の異なった周波数を上手く使い分け、反射してくる超音波から動く獲物の方向や距離を知るという。それで獲物を捉えて自らの生の為の糧とするのである。

これを少し一般化して、科学的に見てみたい。
物を検知、認知するために何かを発して、その何かが物から反射してきたり、透過する状態を知る、受ける過程(物と発した何かとの相互作用)を解析しなければならない。例えば手元のガラスが赤く見えるのは、理由は三つあって、一つはガラス自体が赤く発光している場合と透明なガラスの向こうに赤く光る光源があって透過して赤く見える場合、さらにガラス表面に赤い塗料が塗ってあって白色光を当て赤く散乱して赤く見える場合である。
その何かとは、拡張すると、光や音、電磁波や超音波、エネルギー粒子(電子、陽子、中性子等々)である。受けるとは検出器、アンテナ、受光器、マイクロフォン、最近はその検出器を2次元・平面的に配列させたものまで開発され、実用化されている。
身の回り、特に医療の検査では、電磁波の一つであるレントゲン、X線で胸部写真を撮り、その影で、古くは結核、今では肺炎、癌などを判定する。超音波エコー画像でも体内の臓器の状態判定がされる。一番進んで断層写真技術(CT)を繋ぎ合わせて、Ⅹ線CT、磁場を使うMRI-CTなどで、体内の高精細な3次元立体像を得て、病層の状況が判定される。以上は、見えないところを暴露させて、明らかにしていこうというものである。

逆に、同じような科学的手法、過程で、物があるのだが、無いように認知させてしまうことが出来てしまう。よく聞く話だが、レーダに捕らわれない・映らない戦闘機だとか、海上の軍用船などである。仮に可視光(眼に見える)を発し、何かにぶつかり反射すると強弱は別にして可視光は発した方向に戻り、その何かが存在することが認知される。もし、その発した可視光が物から戻ってこない状況を再現出来れば、物が存在していても、見えないから「無いと認知させてしまうカムフラージュ」が可能である。
これをレーダのある周波数の無線と考えると、その無線・電磁波を吸収できるような材料で飛行機や船が作れればいいのである。実際は日本が昭和の初期に開発したフェライト材料が電波を吸収するので、使われているそうだ。叉、これには子供に興味がある透明マント(cloak)が引き合いに出される。この透明マントを着て悪戯(わるさ)をしても正体がばれずに済むというわけだ。
最新の技術では微細加工で検出用の物理的波動の波長(発する何か)より小さなものを作ると、見えないという原理原則があり、可視光(普通は500nm程度の波長)では100nm以下のものは見えないので、電磁波の仲間で波長が1nm(ナノメータ)より小さいX線を使うと見えてくるのである。無線電波の領域でも、電波の波長を算出し、その波長より小さな物は見えづらくなる。類似の技術がこれからの5Gスマフォやさらに次世代のモバイル端末に応用すべく開発がスタートしている。

しかし、人の触覚・触るという行為は光や電波を照射して認知されなくても、闇の中でも掴める・触れることで、物があると認知出来てしまう。これは如何なるものかとふと考えたのだが、触って何かあるという事は物理の作用・反作用で質量と重力が関わるものであることが分かる。

最後に、人の認知とはその存在、影響力、将来性、可能性などを社会的活動・交流、コミュニケーションなどから受けとめるものと思うが、人としてこちらから発する何かとはそれらで十分であろうか。まだ相対(あいたい)する透明マントのようなカムフラージュしてしまう状態とはいかなるものであろうか。人を知る、認知する事はそう容易くはいかない。いっそのこと、こちらの心を開き曝け出し、人を常にリスペクト(respect)すればいいのかもしれない。 (令和3年3月記す)

ギメの日本美

  私の独り言は自然に内なるところから湧き出るものでなく、何か外からの刺激があってそれに反応し、結果として表出してくるものが多い。令和3年1月20日の深夜番組NHKのBS放送(後で調べたのだが、2003年に放送された番組の再放送)を観て呟きたくなった。
明治9年に仏より来日したエミール・ギメという若い実業家が日本中の仏様(ほとけさま)、仏像の類と幕末から明治維新の時代に書かれた絵図を収集し(対価の金銭を払い購入した)、仏に持ち帰り自分の美術館を建て、保存保管していたという内容である。
  幕末に和蘭(オランダ)や英米人が来日し、浮世絵や江戸の郊外、谷中巣鴨辺りの植木を買い集め欧州へ持ち帰った話なども多い。また、明治になって経済的に困窮した旧大名、旧家が手放した物品も欧米へ流出した。
よく宿題みたいに本を読んだ感想とか映画を見た印象を文章にしてくれと言われても、子供たちは本当に良かった、素晴らしかったと体感できても、それを文章にしろと言われても、なかなか出来ないものだ。この深夜番組も感動が先で、後で文章にした少し作業的になってしまうが、その感動を少しでも残したいという私の意図がある。写真、絵などを省き、その感動を文字だけにしたためてお伝えすることは一番の難題と分かっている。
  TV番組の場合はこれでもかこれでもかというくらいに鮮明な映像を見せつけてくれるが、ギメが収集した大小の仏像、木造・青銅製の仏像だけでなく、番組では一般庶民が所有していたと思われる大黒様に焦点を当て、ギメが多種多様の日本美として受け入れた仏像を紹介していた。廃仏毀釈で不要とされた「日本の美」を日本人は簡単に処分してしまったのである。
  驚くことには、法隆寺にあった仏像、目黒の行人坂先にある幡龍寺の丈六(高さ4.8m)、青銅製の阿弥陀如来像まで収集し、残念だが三分割されて仏まで輸送され、今でも博物館で保管管理され、日本美として鎮座している姿が紹介されていた。しかし、三分割された切り口は痛々しかった。法隆寺より流出した国宝級の仏像(脇侍・勢至菩薩)は近年里帰りし、主の仏像(阿弥陀仏)と合わせて三体が一緒に写真に収まっていたが、流出した経緯は不明のままである。 記録によるとギメは中国の仏像として購入したらしい。
  さらに関連の仏像を紹介説明している書物まで収集し、その書物を求めたであろう日光にある骨董店にまで取材に出かけ、十二代当主になる淺倉屋・吉田文夫氏の話も番組で取り上げられ、ギメの日本美に対する探求心のようなものまで掘り下げていた。
  今回のNHKのこの番組は著名な写真家が仏にあるギメの美術館、生家を訪れるのだが、あまり番組の内容や私の感動体験をリードしてくるものではなかったので、敢えてお名前は記さなかった。実際、ギメが訪れたあろう日本国内の地を番組の為に巡られた日仏外交研究家クリスチャン・ポラック氏は温厚、静寂感、ゆったりと喋る日本語は十分受け入れられるものであった。
  最後に、ギメが気にいった武者絵師の河鍋暁斎にモデルになってくれと依頼し、同行した画家・レガメが河鍋像を描き始めたところ、河鍋もじっとしながら暇だったので、筆でささっとレガメ像を描き上げてしまったという笑い話みたいなことも番組で取り上げて、私はその部分が一番印象的であった。ギメに同行した画家・レガメの描く河鍋は銅板エッチングのような細い線の集合体として硬く感じたが、河鍋の日本美は、非常に速く走らせる一本の筆で描く墨の濃淡、筆の力具合で変わる太さの集合体からなる人物像であった。

  追記、東京ステーションギャラリーで2020年11月28日から2月7日まで開催されている「河鍋暁斎の底力」展を1月27日にに偶々知る。是非2月に入って訪れてみたいと思う。1月30日記す。